第32話 四ツ戒堂の休息
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黒い煤が立ち上っている。
蝋燭に灯されている炎が微かに揺らめいた。
それにつられるかのようにあたりの闇もゆらりと蠢く。
荒れた部屋だった。
閉鎖された病院の一室。朽ちたソファー。金属製の資料棚に入っていたであろう書類はその半数以上が床にばら撒かれている。厚手のカーテンで閉ざされている大きな窓のそばには、やはり大きめな机が置かれていた。
部屋全体にうっすら埃が積もっている。
作りや放置されている物から察するに院長室だったのだろう。
男は机の横の肘掛椅子に座っていた。黒い軍服に身を包んだ四ツ戒堂である。
部屋の隅では配下の男が片膝をついて、己の掴んだ情報を報告していた。
「そうか。八波が来たか」
蝋燭の炎を眺めながら四ツ戒堂が言う。
いかがいたしましょう――という問いに四ツ戒堂は放っておけ、と即答した。
「月の漣は見つかっておらんのだろう? いま奴らを叩いても利はない」
――
炎から目を離さずに四ツ戒堂は考える。
これだけ探しても見つからぬということは、まだその時ではないのかもしれない。
それに――。
頭の包帯に手を当てる。
先日、川中島と一戦交えたとき居合わせた男に撃たれたものだ。とんだ邪魔が入ったものである。
四ツ戒堂はすでに人ではない。
仙街の手のよって彼は老いない、朽ちない、強靭な肉体を手に入れた。闇の住人を自由に使役し、超人的な力を手に入れた。
しかしその代償として、彼は太陽の下での行動権を著しく制限されることになった。
闇の中では圧倒的な力を誇る四ツ戒堂だが、白日の元では常人とかわらない。先日のような銃撃を受ければ即死である。
夜であったからよかったものの、それでもダメージは残る。回復には十日間ほど動かず眠っているしかないだろう。とりわけ頭部に受けたダメージが痛かった。
まさか、いきなり頭部を撃たれるとは思わなかったな――。
いまさら悔やんでみてももう遅い。
「わたしはこれより眠りにつく。八波の監視は怠るな」
「ハッ」
椅子をきしませ、四ツ戒堂が立ちあがった。奥の部屋に向かおうと途中まで歩いたところで、ふと歩みを止める。
「ふむ、土産ぐらいは置いていくか」
思い出したようにつぶやいた四ツ戒堂は、懐から一枚の紙を取り出した。
札のようである。
複雑な文様の書かれている札を見る眼が赤く不気味に輝いた。
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