第26話 真島探偵事務所 その8
「なんでしょう?」
恵理子は顔を上げた。両手でハンカチを握り締めている。
「どうして、警察に届けないんだい? 警察に届りゃわざわざ賞金を懸けるまでもない。俺たちが捕らえようが警察が捕まえようが、行きつく先は一緒だと思うんだけどなあ」
「警察は信用できません」
恵理子にしては珍しい、強い口調だった。
「でも一応そういうのは連中の仕事だ。俺たちゃ――」
恵理子の声が真島を遮る。
「警察には言ったのです。もう何度か言ってはいるんです。でも……まるで相手にはしてもらえませんでした」
両手を頭のうしろで組んでソファーに寄りかかった真島は、天井を眺めてつぶやいた。
「実の娘が乗りこんで、父が武器の取引をしてるから逮捕してくれ――って言っても信じてもらえねえかあ。ましてタカモトコーポレーションって言やあ大手だもんなあ」
「もしかしたら警察のほうにもすでに父が手を回しているのかもしれません」
「ふーん。だったら金に正直な俺たちのほうが信用できるってわけか」
「そういうわけでは……」
「あ、その通りだからねえ。別に気にしなくていいよ」
真島は明るい口調で笑い飛ばした。
恵理子の話では、来週、屋敷で武器の取引があるらしい。時間などの詳しいことはまだわからないが、その現場を押さえて欲しいというのだ。
「報酬は千五百万円。前金は二百万円でいかがでしょうか。もうちょっとお出ししたいのですが、わたくしが用意できる金額はこれが精一杯なのです。引きうけていただけますでしょうか……」
せ、千五百万円――!
儲け話である。絶対に断ってはいけない案件だ。
もちろん簡単にクリアできる話ではない。障害もあるだろう。しかし、滞納中の家賃、車の修理代、真島が後先考えず使いまくる諸経費で火の車の真島探偵事務所に取って選択の余地はない。
「真島さん!」
当然二つ返事で快諾すると思われた真島だが、意外にも
「二、三日待ってもらえるかなあ」
といかにも彼らしくない返事をした。
恵理子も構いません、とうなづいた。
「――ただ、取引が来週なのでなるべく早くお返事いただければ……」
「わかりました」
それで話は終わりだった。
立ちあがった恵理子を真島がドアまで送っていく。
恵理子はドアの前で立ち止まると、くるりと真島に向き直り、よいお返事をお待ちしています、と頭を下げた。
「お気をつけて」
真島は小さく微笑んで恵理子を送り出した。
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