第41話 決行前夜

   20


 翌日、檜山は恵理子と示し合わせた通り、医師として大手を振って高元邸に出入りした。


 事前に聞いてはいたが、黒いスーツを着た男たちがそこかしこに立っている。恵理子とちょっと屋敷の中を歩いただけでも、何人もの無骨な男たちが目についた。


 恵理子さんは警備の男たちは十四人って言ってたけど、二十人ぐらいいるんじゃないか――。


 先週、琴美たちに忍び込まれたということや、取引が近いということも警備の厳しさに影響しているのだろう。

 彼らは檜山を見ると、一様に鋭い目で頭のてっぺんからつま先までじろりと視線を走らせた。恵理子と一緒にいるからいいものの、一人で歩いていたらすぐにでも締め上げられそうだ。


 ただ、屋敷内をいろいろ見てまわることができたのは収穫だ。欲をいえば裏手の倉庫も行ってみたかったが、さすがにそれは諦めた。

 普段倉庫などに行かない恵理子が急に倉庫を訪れるのは不自然だし、しかも得体の知れない医者を連れているとなればなおさらだ。目立つような行動はしない方がいい。


 こうして三日間は瞬く間に過ぎた。



 作戦決行を明日に控え、真島探偵事務所には作戦参加メンバーが集合していた。


 屋敷の見取り図を開いているテーブルを琴美、八波、川中島、檜山が囲んでいる。

 八波が加わったことで琴美がまた何か言い出すのではないかと気になっていたが、川中島同様無報酬と聞き、よろしくねと歓迎の姿勢を見せた。

 琴美にとっては何人増えようが、取り分が減らなければ問題ないようだ。

 檜山が説明役である。


「取引は午後九時から高元の書斎で行われます。書斎である程度話し合ったところで裏の倉庫へ移動。彼らが書斎にいる時間はせいぜい三十分ってところです」


 屋敷の見取り図を覗き込みながら八波が確認する。


「そのあとにわたしが書斎方面に行く、と」

「まわりに何人か警備の黒服がいるかもしれないけど――」

「心配いらぬよ、檜山殿」


 八波は明るく笑った。あの式神を圧倒した腕前である。黒服あたりに遅れを取るような八波ではないだろう。

 檜山もそうですね、と笑い返した。


「あたしたちは収蔵室に一直線ね」


 琴美の声に川中島がうむ、と答える。

 心配なのはこちらのコンビの方かもしれない。


「足引っ張らないでよ、善ちゃん」

「わはははは。承知した」


 あまり緊張感は感じられなかったが、一度忍び込んでいるし、何とかなるだろう。


 だいたい檜山自身、人の心配などしている立場ではない。

 檜山は三人とは別に、昼間から屋敷に入っている。気分が優れず、寝こんでいることになっている恵理子に付き添う手筈になっている。


 当然恵理子の部屋には警備がつくだろう。外へ出ることも難しい。が、そこは自力で何とかするしかない。

 高元たちが来る前に倉庫に移動し、待ち構えていなければならないのだ。

 現場を押さえ、高元を盾に取りながら脱出――というのが檜山のプランである。


 琴美や八波たちは仕事が済んだら、各自脱出するようにしてもらった。彼らを巻き込みたくはなかったし、一人のほうが動きやすい。


「檜山くん、ホントに一人で大丈夫?」


 琴美が首を傾げて訊いた。八波もあとを継ぐ。


「われわれも助太刀いたすが」

「大丈夫。心配しないでください」

「わかったわ、がんばってね」


 そう言って琴美はウインクした。

 檜山はそんな琴美をかわいいと思ってしまった。

 不覚だった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る