第22話 真島探偵事務所 その5

 黒マント――。

 樋山たちの前に現れ、川中島を完膚なきまでに倒し、あれだけ銃弾を撃ちこまれても死なずに闇の中に消えていった黒衣の男。

 赤く光る冷たい目が脳裏によみがえってくる。


「何の話?」


 琴美が聞くので、檜山は昨日の夜遭遇した不思議な出来事をかいつまんで話した。


「うっそぉお。真島と一緒に夢でも見ちゃったんじゃないのお」

「ホントなんですって」


 たしかにこんな話を信じろという方が無理な話なのかもしれない。檜山だって聞いただけだったら信じられないだろうし、実際自分で見たにもかかわらずいまだに半信半疑のところもある。琴美の反応はごく自然なものだろう。


「真島殿……」


 それまで黙って話を聞いていた川中島が口を開いた。


「あの男、四ツ戒堂も石を狙っておる。しかし、申しわけないのじゃが詳しいことを話すわけにはいかんのじゃ」


 川中島にしては歯切れの悪い言い方だった。


「ちょっと善ちゃん。それはないんじゃないの。ここまで話してんだから洗いざらい話しちゃいなさいよ」

「いや、これ以上皆を巻きこむわけにはいかん。迷惑をかけるわけにはいかんのじゃ。すまぬ」


 そう言って川中島は頭を下げた。


「あ、そお。じゃあいいや。聞かない」


 まだ何か言いたそうな琴美を制するように真島が言った。


「ちょっと真島ァ!」

「本人が言いたくねえって言ってんだからいいじゃねえか」


 真島にしては珍しい大人の意見だ。川中島の表情から見るに、これは興味本位で聞くような話ではなかったのかもしれない。それを察して追求を切り上げた真島をちょっぴり見直した檜山だった。

 しかし、それは次の瞬間あっさり裏切られることになる。


「それにさあ、俺、面倒なこと嫌いなの。知ってるだろ俺のモットー」

ラクしてぼろ儲け――」


 真島のモットーである。

 檜山のつぶやきに、そういうこと、と答えて真島は立ちあがった。よれよれのシャツを引っかけてドアに向かう。


「どこ行くのよ」

「ちょっとそのへんま――」


 真島の返事を遮るように電話が鳴った。檜山が受話器を取る。


「はい、真島探偵事務所です」


 とは言っているものの檜山たちは探偵ではないので、探偵の依頼はたいてい断るようにしている。よっぽど金に困っているときはなりふりかまわず受けることもあるが、幸い昨日の銀行の件で懐はあったかくなっている。受ける理由はない。もっともこんな胡散臭い事務所に探偵の依頼などほとんどないのだが。


「――少々お待ちください」


 二言三言受け答えをしてから、檜山は困惑の表情を浮かべて保留ボタンを押した。


「誰?」


 ドアのそばで真島が訊く。


「高元恵理子さん……タカモトコーポレーションの方みたいですけど」


 琴美と川中島の顔に緊張が走る。

 タカモトコーポレーションといえば二人が昨日忍び込んだところである。どうして二人がここにいることがわかったのだろう。彼女たちを引き渡せとでもいうのだろうか……。


 しかし恵理子と名乗る女はそんなことは一言も言ってはいない。

 出かけようとしていた真島が怪訝そうな顔を向けた。


「なんでここに電話して来たんだ?」

「さあ……」


 受けた檜山も首を傾げる。


「今日伺いたいって言ってるんですけど」


 真島は琴美、川中島の顔を順に眺めて、最後に受話器を持つ檜山に視線を止めると、ため息混じりにつぶやいた。


「……出来すぎだろぉ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る