第7話 タカモトコレクションと深夜の来訪者 その5
* * *
黒服の男――
「くそォくそォくそォ――」
初めに抱いていた老人の印象を修正しなければならない。
あのジジイは――プロだ。
見た目こそ老人然としているが、少なくてもヤツの肉体は現役だ。打ち合い、交錯するたびに感じる鋼のような筋肉。強靭なだけではない。ダメージを受け流すような柔軟性をも兼ね備えている。あれは紛れもない格闘する者の筋肉だ。
傭兵を辞め、ここの
逃がすもんかよ――。
外崎は門へ向かって駆け出した。
「ほう、最近の
意外にも逃げた老人はまだ塀の向こうをウロウロしていた。
わざわざ俺が出てくるのを待っていたってのか。
「なめくさったジジイめ――」
勝手に敵愾心を燃やされている川中島だが、単純に考え事をしていただけで、外崎を冷やかすために待っていたわけでは当然ない。もっとも彼の右腕をへし折ってるのだから恨まれるのはしかたがないだろう。
外崎はギリッと歯を鳴らし、怒りの形相で川中島を睨みつける。
「この屋敷に侵入した者を生かしておくわけにはいかん」
「わはははは、もうここは屋敷の外ではないか。それにさっきのお嬢ちゃんはもう逃げてしまったぞ」
「おのれ――」
どこまでも人を食ったジジイだ。
「笑っていられるのも今のうちだ!」
突然、外崎の左腕がぶるぶると震え始めた。
震えがさらに激しくなったかと思うと、いきなり腕全体が一気に膨張した。一瞬、腕が爆発したかのように見えたが、さにあらず。スーツの袖を引き裂き現れたのは黒い腕だった。冷たい金属の骨格を炭素繊維に包まれた幾筋もの人骨筋肉が覆っている。手首から先は触るものを拒絶するような鋭角的なフォルムをしている。
無機質な金属の腕を掲げて黒服は小さく笑った。
「これでお前の
しかし川中島の顔に恐怖の色は感じられなかった。それどころか外崎の腕を見てもなお
「ふむ……文字通り奥の手という奴じゃの。まあ、そのぐらい手応えがなけれはつまらんからのォ」
と余裕の表情を浮かべている。
「殺す!」
外崎は身を低くして川中島に突進した。
鉄腕が唸りをあげて川中島を襲う。
人工筋肉と関節に仕込まれている内臓モーターにより動きは生身の腕よりはるかに速い。
一方的に攻めまくる外崎だが、しかし、その攻撃を川中島はすべて紙一重でかわしていた。技量は川中島の方が数段上手のようである。
攻撃をすべてかわした川中島は飛び下がってひげをしごいた。
「自慢の奥の手もあたらなければ宝の持ち腐れじゃのォ。よぉし、せっかくだから胸を貸してやろうではないか」
そう言って老人には似つかわしくない厚い胸をドカリと叩いた。
外崎の顔が怒りに歪む。
が、相手が受けてやろうというのだからこんなチャンスはない。
捕まえさえすれば、この鋼鉄をも引き裂く爪を食い込ませ、手首から先を高速回転、ジジイの胸板に風穴を空けることなどたやすいのだ。
「お前は調子に乗りすぎた――」
あの世で後悔しなと、低くつぶやくと鋼の腕を容赦なく川中島の胸に叩きこんだ。
が、しかし――。
その顔に笑みが浮かんでいたのはほんの一瞬だった。
爪が効かない、だと――。
食い込み引き裂いているはずの鋭利な爪は、老人の胸の前に沈黙している。
「バカな……」
「どわっはははは。修行が足りんのォ。こんな腕は氣の極意を掴んだわしには効かぬ」
川中島は胸を掴んでいる外崎の腕を逆関節に固めてギリギリと容赦なく締め上げる。
「や、やめろ……」
「ふん!」
本人より先に鉄腕のほうが悲鳴を上げた。
耳障りな破壊音とともに外崎の黒い腕は肘の部分からへし折れた。
「ぐあぁぁ……」
よろよろと後退する外崎に、川中島はへし折った腕を投げてやる。
「そんな腕に頼った時点でおまえさんの負けなのじゃ」
苦悶の表情で川中島を睨んでいた外崎は、痛む右手で内ポケットから円筒形のカプセルを取り出すと、あたりにばら撒いた。間髪を入れず真っ白い煙がボールから噴き出し、一瞬にしてあたりを濃い煙が包み込んでいく。
攻撃に備え身構えた川中島だが黒服から反撃が来ることはなかった。
あれだけ痛めつけたのだ。さすがにこれ以上の戦闘継続は不可能と判断したのだろう。
川中島は屋敷に向かってふんぞり返ると勝利の笑い声を上げた。
「どわっはははは。修行が足りんのう。修行をやり直してきたらまた相手をしてやるわい。どわーっははははは」
もうもうと立ちこめる煙の中、老人の笑い声だけが辺りにこだましていた。
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