第20話 タカモトコーポレーションの事情

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 檜山たちが暴れ狂う琴美を止めていた同じころ、高元邸の書斎では怒号がこだましていた。


 三人の男がいる。

 主人の高元と黒服が二人。重厚な机をはさんで高元と対峙している男は隻腕だった。昨日の夜、川中島に左腕をへし折られた外崎だ。力なく頭をたれ、主人の叱責を受けている。


 そしてその二人のちょうど中間あたり。氷のような冷たい目でこの光景を見据えている男がいた。警備の黒服たちの管理責任者である添野そえのである。


 高元と添野は今朝、香港から帰ってきたばかりであった。

 懸念されていた取引を成立させ、上機嫌で帰ってきた高元を待っていたのは、賊に入られたという最悪のニュースだった。しかもむざむざ取り逃がしたというではないか。


「まったくなんのために貴様たちを雇っていると思っているのだ! 貴様らはただの留守番か!」


 肥満気味の高元は、汗びっしょりで怒鳴り続けている。


「誠に、誠に申しわけありません。が、しかし、幸い盗まれたものは何一つ――」

「黙れ! 賊に入られたということ自体が失態なのだ! もういい! 下がれ、見ているだけで腹が立つ!」


 外崎が判断を仰ぐような目を添野に向けた。添野が小さくうなずくのを見て外崎は失礼いたしますと一礼して書斎から出ていった。


「役立たずめ」


 高元は閉まったドアに向かって吐き捨てた。

 外崎が消えたことで高元の激情も少しは沈静化したようだ。高血圧の高元にとって感情の起伏はあまり大きくないことに越したことはない。


「どう思う、添野」


 痩せぎすで、見るものに鋭角的な印象を持たせるオールバックの男は静かに口を開いた。


「失態を演じたのは間違いないことですが、外崎の腕を折る者など、そうそういるものではありません」


 分析の結果を発表するかのような事務的な声だ。


「警察が動いていると?」

「いえ、あの連中が動いているとは思えません」

「……二人組みの男女か。見つけ出して始末したいところだが来週には末充すえみつとの取引が控えておる。二度とこんなことが起きないよう、警戒を怠るなよ。始末は取引の後だ」

「ハッ」


 添野は小さくうなずいた。



 そんな書斎の中の会話をドアの外から聞いている者がいた。

 薄紫のドレスを着た髪の長い女。高元の娘、恵理子えりこだ。

 書斎から父の怒鳴り声が響いてくるので、なにがあったのだろうとやってきたのだ。


 恵理子が書斎の前にたどり着くより先に、男がひとり書斎から出てきた。男はスーツの袖を片方なびかせながら反対方向に向かって歩いていった。おそらく外崎だろう。


 恵理子はいつも睡眠薬を常用しているので気がつかなかったのだが、深夜、屋敷に賊が忍び込んだようなのだ。そのとき侵入した賊と戦って失くしたらしい。


 部屋の中から聞こえてくる父の話は、あまり良い話ではなさそうだった。

 伏し目がちに聞いていた恵理子は、話し声が切れたのを機に書斎の前を静かに立ち去った。

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