第2話 帝東シティバンクの災難 その2

「ここ、帝東シティバンク二ツ元ふたつもと支店が銀行強盗に襲われてから四時間が経過しようとしていますが、依然として犯人側からはなんの要求も出ておりません。周囲を取り囲む警官隊も手をこまねいているといった状況です」


 報道と書かれた腕章を巻いた若いリポーターはやや緊張気味の顔をカメラに向け、そこで言葉を切った。彼の後ろではテレビカメラを意識した若者たちが無邪気な笑顔を見せている。


 騒然とした空気があたりに満ちていた。

 夜の帳を切り裂くように赤い回転灯が点灯し、青白い照明灯は銀行の入口を覆う冷たいシャッターを照らしだしている。あちらこちらと落ち着きなく照らしているのは爆音を響かせた報道ヘリのライトだ。


 防御シールドを持った機動隊、制服を着た警官たち、さらにはこの一大イベントを眺めようとやってきた野次馬の一般人たちがひしめき合って、帝東シティバンク二ツ元支店は開業日以来、いや開業日当日さえも集まらなかったであろう人の波に囲まれていた。


 スタジオとやり取りしているのだろう。イヤホンから聞こえる声に答えるようにリポーターがカメラに向かってうなずく。


「――はい、三十分ほど前に変装した捜査員がピザの出前を持って行内に入っていったのですが、どうやらそのまま人質にされてしまったようなので、人質の数はひとり増えて三十九人になっております。警察側としてもこれ以上失態を重ねるわけにはいかず、対応も慎重にならざるを得ないといったところではないでしょうか。このことがあってというわけでもないのでしょうが――」


 そこでリポーターは手元の資料に一度目を落とした。


「さきほど帝東シティバンク側では、今回の事件の犯人に賞金をかけたとの情報も入ってきておりまして、今後のあっ――」


 持っていた資料をいきなり取り上げられたリポーターが声をあげた。あわてて取られた資料を追った彼の視界が遮られる。どうしてこんなところに壁が……と思った途端――。


「そんなところでいいだろう」


 壁の上から太くて低い威圧的な声が降ってきた。

 おそるおそる見上げた壁の上には声に負けない凶悪な顔が乗っていた。短髪に刈り込んだ針金のような髪、左眼の斜め上には三センチほどの傷跡があって、太い眉毛を分断している。白い部分のほうが圧倒的に多いとがった眼は、どう見ても堅気の人間の眼には見えなかった。


「い、いま、本番中なんです」


 筋肉の塊のような大男はそんなリポーターの声など聞こえてないのか、大きな体を揺らしながらカメラマンに近づくと、おもむろに電源コードを引きちぎった。それから、あっけに取られて見ていたリポーターに向き直り


「たまにはがんばれ警視庁! ぐらい言ってやれよ」


 と不機嫌そうな顔で言った。

 本当は不機嫌ではないのかもしれないが、顔のつくりがつくりなだけにその顔はやはりどう見ても不機嫌であった。機嫌のよさそうな顔など想像できない。


「な、何なんですか、あなた……」

「通りすがりの一般人だよ」


 男はそう言い残すと、どけよこらァと罵声を吐きながら、ひしめいている野次馬たちを蹴り飛ばし、最前列へと進んでいった。


 難なく最前列にたどり着いた男――新堂敦司しんどう あつしは取り囲む警官隊を一瞥し、やはり苦虫を噛み潰したような不機嫌そうな顔でつぶやいた。


「まったくだらしのねえ連中だ。いつまでチンタラやってんだよ。さっさと解決しねえとヤツがしゃしゃり出てきちまうじゃねえか」


 新堂のつぶやきがまだ終わりきらないうちに、遠くからクラクションが聞こえてきた。


「言わんこっちゃねえ……」


 新堂は額に手を当てため息をつく。

 一台の四輪駆動車4WDがでたらめにクラクションを鳴らしながらこの帝東シティバンクを囲む人の輪をめがけて猛然と突き進んで来るのが見えた。勢いからみるに止まろうなどという気は微塵もないらしい。


 四輪駆動車4WDは悲鳴をあげながら逃げ惑う人々のなかをすり抜けると、一直線に帝東シティバンクのシャッターへと突っ込んだ。

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