第44話 探索

   * * *


 八つ目の棚の引き出しを開けていたときだ。

 川中島の手が止まる。


 引き出しの奥に古めかしい桐の箱が入っているのが見えた。

 単行本ほどの大きさをした箱を取り出した川中島は、箱にかけられている紐を解き、慎重にふたを開けた。

 白い綿が敷き詰めてある。

 その中心に――淡い緑の石があった。


 ――おおっ!


 喉まで出かかっていた川中島の感嘆の声は、しかし琴美の悲鳴によってかき消された。


「きゃあ! 何よ!」


 瞬時に振り向く川中島。 

 その目に飛び込んできたのは戸口に立つ白い人型だった。

 何日か前に見た四ツ戒堂の式神だ。


「むぅ、間の悪いときに出てきおって……」


 やっと家宝の石を見つけたと言うのに、厄介な奴が現れたものだ。

 間髪を入れず、派手な銃声が鳴り響いた。

 琴美が構えた銃を容赦なく撃っている。

 これではなんのために密かに侵入したのかわからない。銃声を聞きつけて警備の連中にやってこられでもしたら、状況はさらに悪化するだろう。


 しかし――。


 ――ならばそいつらもろともぶっ飛ばせばいい。


 川中島と琴美の基本方針は完全に一致していた。


「何なのよぉ! 少しはやられたァって顔しなさいよ! かわいくないわねえ!」


 カートリッジを取り替えながら琴美が吐き捨てる。

 顔のない式神に言ってもどうしようもないことなのだが、琴美の言うこともわからなくはない。


 銃弾は式神の紙の身体を貫通し小さな孔を開けただけで、何らダメージになっていないのだ。

 式神の腕が上がる。


「いかん!」


 川中島が琴美を突き飛ばす。

 勢いよく伸ばされた式神の手は、琴美のいた空間に踊り出た川中島の腕に巻きついた。


「いったいじゃないの! 善ちゃん! もうちょっとソフトにできないの!」


 弾き飛ばされた琴美は呪いの言葉を吐きながらも、川中島を助けようと銃撃を再開する。

 しかし、銃弾は式神の身体にいくつかの孔を増やしただけだった。

 その間にも式神の伸ばした腕と頭が川中島に絡みつく。絡んだ式神の腕は川中島の呼吸を圧迫する。


「もぉ、どーすりゃいいのよお!」


 琴美が叫んだ瞬間――。


 閃光一閃、式神の身体が肩口から袈裟がけに両断された。

 川中島を締めつけていた式神の頭や腕がただの紙に戻る。


「善次郎! 無事か!」

「京くん、グッ・タイミーング!」


 飛びこんできたのは八波だった。

 式神を倒すには核となる呪詛のこめられた札を斬るしかない。

 式神の裏側、ちょうど肩口に貼られていた札は真っぷたつに斬り捨てられていた。

 銃弾もここを撃ち抜いていれば式神を止められたのだが、琴美もまさか肩が弱点だとは思わない。

 しかも見えない位置に貼ってあったのだから、これはしょうがないだろう。


 まとわりつく紙を剥がしながら川中島が苦笑した。


「いやあ、危ないところじゃったあ。どうも最近ひどい目にあうことが多いのォ――おおっ、そんなことより京さま、石が!」


 川中島は見つけた桐の箱を手渡した。

 ふたを開けた八波は、入っていた石を取り出し、静かに握り締めた。目を閉じ、ぼそぼそと呪文のような言葉を詠唱しはじめる。


「何やってんの?」


 琴美の問いに川中島が答える。


「本物かどうかを、言霊をあてて確認しているのじゃ」


 八波はゆっくりと手を開いた。


 ピシッ――という乾いた音が響いた。

 石に亀裂が走っている。


「うぬぅ、紛い物であったか……」


 ため息とともに川中島ががっくりと肩を落とした。


「残念だったわね」


 自分以外のことはどうでもいいはずの琴美にしては珍しく本当に残念そうな顔だった。

 道を踏み外してはいるが琴美はトレジャーハンターである。せっかく見つけた宝が偽物だったときの虚脱感は彼女にも十分理解できることだった。


「琴美殿の首尾はいかがですか」

「あたしのほうはバッチリよ」


 琴美はポケットから金細工を取り出した。


「檜山くん、うまくいってればいいがのォ……」

「しまった!」

「どうしたのよ、京くん」

「檜山殿が危ない!」


 言うが早いか、八波は部屋を飛び出した。

 取り残されてしまった二人だが、このままここにいてもしょうがない。

 状況を飲み込めないまま、二人も八波を追って部屋を飛び出した。

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