第30話

 約二週間ぶりの一人で迎える休日の朝は、驚くほど静寂に包まれていた。


 昨日で高校の冬休みは終わり、同時にロコも自分の家に帰って行った。

 俺の家がそんなに居心地か良いのか、ロコは最終日の昨日も泊まろうとしていたが流石に断った。


 恋人でもない、元飼い主の俺の家に長期間の連泊れんぱくをすること自体ヤバイというのに、常態化するのはロコの為にもよろしくない。

 冬休み中にロコの両親が怒って家に乗り込んでくるのでないかと若干びくついていたのだが......そんな予兆すらなく、平穏無事へいおんぶじに終わった。


 いくら放任主義でも自分の娘に興味がなさ過ぎではないだろうか?

 最近の親というのはどこもこんなにも冷めた感じなのだろうか?


 釈然しゃくぜんとしないロコの両親の反応に、俺の胸中きょうちゅうはもやもやしていた。

 勝手に『親とはこうあるべき』というイメージを押しつけていることだとしても、俺はロコが現在の両親に愛されていないのでは?          とつい疑念を抱いてしまう。




※※※




 所要しょようで区役所に訪れたあと、なんとなく歩きたい気分だったので、帰りは電車を使わずに徒歩で家まで帰ることに。

 歩道のはし、日陰の部分には昨日まで雪だったものが、今ではアイスバーンと化している。


 結局雪は降ったものの、雪合戦ができる量には全く遠かった。


 ロコはとても残念がっていたが、ここ数年は毎年一度は必ず関東でも大雪レベルの雪が降る。

 今回はたまたまそのレベルではなかっただけで、そのうち辺り一面銀世界の雪合戦し放題の大雪がやってくるだろう。楽しみはあとに取って置いたほうが面白い。

 

 家まで半分を過ぎた距離に到達した頃だった。


 俺よりほんのちょっと前を歩いていた女子学生が、盛大に顔からすっころんだ。


 転んだ瞬間、漫画みたいに言葉になっていない声が聞こえた。

 この辺はまだアイスバーンが大分残っており、付近にいた小学生達は滑るようにして進む。


「――大丈夫ですか!?」  


 驚いた俺はうつ伏せで大の字になっている女子学生に声をかけた。

 

「いたた......はい、だいじょうぶ......あぁぁぁぁぁぁ!?」


 彼女は俺の顔を見るや、指を指して驚きの声を上げた。


「この前の親切なお兄さん!?」


 俺も彼女の顔を確認して驚いた。

 数日前、東草上ひがしそうじょうの駅のホームで助けた子犬っぽい黒髪ボブの女子高生。その子だった。


「......キミはこの前の?」

「しぇんじつはたしゅけて頂きありがとうございます! おかげで無事に帰ることができました!」


 可愛らしい噛み方をし、その場で俺に向かって土下座をする。

 女子高生がもうすぐ四捨五入して30歳になる男に氷の上で土下座している光景に、周囲の通行人達が明らかにざわつき始めた。


「いや、お礼はいいからさ。とりあえず立てる?」


 しゃがんで肩を差し出すと、彼女は手袋をした手で俺の肩をむんずと掴んで起き上がった。

 この前と同じ黒タイツは濡れてはいるが、破けてはいなさそう。


「すいましぇん。また助けて頂いてしまって」


 鼻をすすりながら、打ったばかりの真っ赤なおでこをさすっている。


「そんなことより、頭は平気? 結構派手に転んだけど」

「平気です。私、身体が頑丈がんじょうなことだけが取り柄なので」


 はにかむようにニコッと微笑む。

 顔こそ強打したが、この前の定期を無くした時に出会った印象とは全然違っていた。

 笑顔が綺麗な、ロコとはまた別のベクトルの元気いっぱいな女の子。


「だったらいいけど......」

「ありがとうございます。ところでお兄さんはどうしてここに?」

「俺は用事があって区役所まで行った帰り。キミは?」

「私はこの前言った友達の家まで行くところだったんですけど......迷ってしまって。ナビだとこの辺だって言ってるのに......」


 精度の高いナビアプリが充実した現代にまだ方向音痴がいるなんて......世は不思議だ。


「ちょっといい?」

「あ、はい」


 苦笑いを浮かべながら俺に自分のスマホの画面をみせてきた。

 本人は頑丈でもスマホはそうでもないらしい。

 画面には無数のひびが入っていた。

 傷の古さから察するに普段からそそっかしい正確なのが分かった。


 画面をスライドさせて目的地を確認すると、ここから7・8分程度で辿り着く場所。

 というか、俺の家の近所と呼べる距離。 


「......この場所、俺の家の近所だから良ければ案内しようか?」

「え? そんな悪いですよお仕事中に」

「仕事中じゃないから安心して。俺今日休みで、このあと特に予定なくて暇だったんだよね」


 家に帰っても夕方にロコが来るまではこれといって予定はない。

 俺の暇な時間が誰かの助けになれるならお安い御用だ。


 それにこの様子では目的に到着する前にどれだけ傷だらけになることか。

 会いに来られた友達の方も余計に驚いてしまう。


「......じゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」


 前回と比べて彼女は俺の提案をあっさり受け入れ。ぺこりと勢いよくお辞儀じぎをした。


「――あと、お兄さんの手を握ってもいいですか? また転んじゃいそうで怖くて」


 その状態で氷の上を転ばれると、俺まで一緒に道連れになる可能性が高いんですが? とは言えず、二つ返事で彼女の左手を握った。

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