第14話

 ロコと初めて休日を共にした週の日曜日。

 『スーパーハクリュー・合田ごうだ店』の店内は、世間一般でいう給料日直後の日曜日ということもあって、開店直後から大勢のお客さんで混雑こんざつしていた。

 早いペースで減っていくペットボトル飲料の棚を次々に補充しながら、俺は何度も試食販売のコーナーの方に目を向けていた。


 そこには、緑のバンダナにエプロン姿のロコが、人懐っこい笑顔でホットケーキを焼いてお客さんに試食させていた。

 自分が普段働いている空間にいること自体落ち着かないのに、ましてやロコはこれが初めてのアルバイト経験。

本人も緊張しているだろうが、見ているこちらも変に緊張して、冬場のスーパーの店内だというのに俺は汗をかいていた。


 何故こんな状況になったのか......それは今から二時間前にさかのぼる......。


「――はい......分かりました。坂本さんにはお大事にとお伝えください。では、失礼致します......」

「......どうだった?」


 俺が店舗の電話を切ると、矢代やしろが珍しく心配そうな表情で訊いてきた。


「......坂本さん、店舗に向かっている最中に交差点で信号待ちをしていたら、そこに車が突っ込んできたらしくて......さいわい怪我はそこまで重症ではないそうで」

「そうか~! それは良かった~!」


 ほっとしたのか、矢代はその重たそうな身体を、食品事務所のイスの上に勢いよく落とす。

 イスは「ギィ!」と耳障みみざわりな悲鳴をあげるも、なんとか持ちこたえている。


「坂本さんが無事だったのは安心しましたが......となると問題はこちらですよね」


 坂本さんとは、合田店によく派遣される試食販売員の30代前半の綺麗な女性の方で、電話の相手は坂本さんが登録している派遣会社から。

 今日も昨日に引き続きホットケーキの粉の試食販売の予定だったのだが、通勤中に事故に合われ、救急車で病院に運ばれたそうだ。


先方せんぽうは何だって?」

「代わりの人を今から手配しても、店舗に到着するのは早くてもお昼過ぎにはな――」

「そうじゃなくて! .........浅田、お前坂本さんがどこの病院に運ばれたか訊いたか?」

「??? ......えぇ。合田中央病院に運ばれたと――」

「俺、早退するわ。浅田、あとはお前に任せた!」

「え!? あの、ちょっと矢代さん!?」


 イスからねるように矢代は立ち上がると、俺にそう伝えて速足はやあしで帰っていった。

 あの三元豚さんげんとん、あんなに早く動けたんだ......。

 その様子を見ていた他のスタッフも俺と同じように唖然あぜんとしていた。

 と、そこへ、矢代と入れ替わるように、不思議そうな表情を浮かべた岡さんが入ってきた。

 

「浅ちゃん、なんか今豚が凄い速さで出て行ったけど、なんかあった?」

「......矢代さんなら帰りました。多分坂本さんのお見舞いに行ったんだと思います」

「ハァッ!? あのクソブタ三元豚! 仕事サボってどこ行こうとしてんだ!?」


 事務所内に岡さんの甲高かんだかい不満の声が響いた。

 今更言うのもなんだが、矢代は坂本さんのことを本気でれている。

 恋愛経験のとぼしい俺でも分かるくらい、矢代の坂本さんに接する時の態度は他の女性の時と全然違う。

 その姿は『美女と野獣』、いや、『美女と脂肪』だ。


「とりあえず矢代さんのことはあきらめるとして......どうしますか」

「代わりの人は誰か来れないのかい?」

「今先方が手配してるみたいですけど、なかなかすぐにとは......」

「まぁ、そうよねぇ。日曜日のこの時間だから、みんなもう予定入れちゃってるわよねぇ」


 時刻は10時45分を回ったところ。

 あくまで早くてお昼過ぎとは言っていたものの、最悪代理の方が誰も見つからない可能性だってある。

 売り上げが見込める日曜日を落とすのはできれば避けたい。


 そんな俺と岡さんが頭を悩ませている時だった。


 副店長が食品事務所にやってきたので、俺はこの件を伝えるべく声をかけようとした。

 が、その副店長の後ろにいた人物を見た瞬間、俺は飛び上がりそうになるくらい驚いた。

 

「......あ! やっほー剣真! 来ちゃった☆」


 そこには、今朝別れたばかりの私服姿のロコがいた。

 

「おまっ!? なんでここに!?」

「浅田さんの為に忘れ物をわざわざ届けに来てくれたそうですよ。良い妹さんじゃないですか」


 妹? .........ロコが?

 俺はロコの方を見ると、含みのあるニヤニヤとした表情を浮かべていた。

 なるほど。そういうことか。大体分かった。


「剣真、家に財布置いていったでしょ? スマホで何回もメッセージ送っても既読つかないし。電話しても出ないから、こうやってお店まで持ってきてあげたんだ」


 ロコに言われて、俺はパンツスーツの両ポケットに手を入れてようやく気きづいた。

 おそらくスマホはロッカーの中だろう。


「そういうことだったのか......ありがとな、ロ......加那かな


 いつもの感じでロコと言いそうになり、慌てて今の名前で言った。


「どういたしまして♪」

「浅ちゃん、この子は?」


 俺とロコのやりとりを横から見ていた岡さんが、気になったのか声をかけてきた。


「あぁ、こいつは俺の妹で大志葉加那おおしばかなと言います。今は離婚した父親の方と住んでまして」


 という設定にしておいた。 

 正直、俺の父親が今どこで・何をしているか等、全く知りもしないし興味も無い。

 なにせ母さんと離婚したのは俺がまだ3歳の時だ。顔も覚えていないし、写真も残っていないから、どんな雰囲気の人なのかも分からない。

 なので俺にとって父親とは、赤の他人も同然な存在。


「あら、そうなの~。浅ちゃんに似て優しくて、人懐ひとなつっこそうな感じのいい子じゃな~い」

「ありがとうございます☆ では私はこれで。兄の仕事をしては申し訳ないので――」

「ちょと待った!」


 用件を済ませて帰ろうとするロコを、岡さんは手を挙げて引き留めた。 


「......岡さん、どうしました?」


 眉間みけをしわを寄せ、まるで品定しなさだめでもするかのようにロコを見ている岡さん。

 数秒の沈黙の後、一人で軽くうなづいた。

 俺はなんだかもの凄い嫌な予感がしてきた......。


「――浅ちゃん。妹さんに、試食販売の仕事やってもらうことってできないかしら?」


「......え?」


 状況を整理した俺から出た声は、なんとも間の抜けた声だった。 

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