第15話

「私が......試食販売の仕事......ですか?」


 ロコは目を丸くして、自分で自分をゆびさした。


「浅田さん、何かあったのですか?」

「すいません。丁度今ちょうどいま副店長に報告するつもりだったんですけど――」


 俺は事の経緯けいいを副店長に報告した。

 勿論もちろん矢代やしろが早退した件についても詳しく。

 あとでブーブー言われるだろうが、覚悟の上だ。

 

「......全く矢代さんは......本当にどうしようもない方ですね」

「はい。大変申し訳ございません......」

「別に浅田さんの責任ではありませんから。気にしないで下さい。それより今は試食販売員のことですが......」

「妹さんなら大丈夫! 綺麗と可愛い系の中間で、どの年齢層からでも人気出るだろうし。それに話した感じも悪くない。むしろ良い感じ。私が言うんだから絶対イケる!」


 アイドルオタクみたいな分析ぶんせき結果を説明する岡さんに、俺と副店長の表情は厳しかった

 天条さん的には突然やってきたJKを、契約も無しに働かせることはできないといった考えだと思う。


 対して俺の考えは違った。

 ロコはアルバイトの経験が一度もないのだ。


 以前家にいる時に訊いたことがあったのだが、興味はあるけどちょっと怖いらしい。

 何にでも好奇心旺盛こうきしんおうせいで突っ込むロコなだけに、意外な反応だったので俺はよく覚えていた。

 なのでロコは断るだろう。と、俺は勝手に思い込んでいた。数秒前までは......。


「.........私、やってみようかな?」


 そんな俺の考えをよそに、ロコは少し考え込んだ後、呟くように言った。


「いやいやいや、何言ってんだ。そもそもお前、アルバイトの経験無いんだろう?」

「うん。全くないよ。......でもいつかは、やることになるし。それに初バイトが剣真の職場って、何か良いじゃん☆」


 俺の心配をよそに、目を輝かせてロコは興奮気味に言った。

 確かに初めてのアルバイト先に知り合いがいるのは心強いだろう。 

 でも決めるのは俺ではなく、店舗責任者の店長・副店長だ。


「――分かりました。店長の方からは私が報告します」


 副店長は嘆息たんそくすると、観念した表情を浮かべて口を開いた。


「え? 大丈夫なんですか!?」

「それを可能にさせるのが私の仕事ですから。だから浅田さんは、妹さんに感謝してあげてください」


 副店長はロコに向けて軽く微笑むと、ロコは笑顔でぺこりとうなづいた。


「副店長......ありがとうございます!」

「礼には及びません。それにこの前言ったじゃないですか。何か困ったことがあれば遠慮なく私に相談してくださいって」


 確かにロコと再会した日に言っていた。

 が、まさかそれがこんなカタチになるとは夢にも思わなかった。


「......その代わり、今度私が何か困っている時があったら、その時はよろしくお願いしますね?」


 副店長は俺に近づいて、耳元でこう呟いた。

 吐息といきが俺の耳を刺激し、そこから全身に伝わっていくのが分かる。


「あ、当たり前じゃないですか......」

「ふふっ。楽しみにしてますね。......では、私はこれで。後のことはお任せします」

「了解しました!」


 そう言って食品事務所を後にする副店長の背中に、俺は思いきり頭を下げた。

 このめ合わせは、いつか絶対にしないとな......。

 

「――というわけだから、急で申し訳ないけどよろしく頼む。俺もできる限り全力でフォローするから」


 俺は大きく息を吐き出すと、ロコにも頭を下げた。


「うん! お姉......じゃなくて、妹ちゃんに任せなさい♪」


 口角こうかくを上げ、ロコは俺にサムズアップして魅せた。 


「あらあら。兄妹の仲の良いことで」

「妹さん、頑張れよ!」

「何か分からないことがあったら、どんどん訊いてね!」


 俺達の様子を見守っていた、他の食品部門のスタッフからも応援の声が上がる。

 それがロコの兄......家族として、純粋じゅんすいに嬉しかった。


 ――とまぁ、こんなことがあり。ロコは急遽きゅうきょ、試食販売員のアルバイトをすることになった。


 最初こそ少しぎこちなかったが、今のところ目立ったトラブルもなく、順調に試食用のホットケーキを焼きながら接客もこなしていた。


「......妹さん、初めてのアルバイトとは思えないくらい堂々どうどうとしてるっスね。流石さすがは剣さんの妹さん。頼りになる~」


 鷹丸たかまるがバックヤードから戻って来ると、感心したような口調で言った。

 矢代がいた時は息を殺して黙々もくもくと仕事をしていたのに、いなくなった途端とたんに元気になりやがったな。気持ちは分かるけど。


「そうだな......」

「あれれ~? 剣さん、あの様子を見てまだ不安なんっスか~? 意外と剣さんってシスコンだったりします?」

「バカ言ってないでさっさと休憩行ってこい。後がまってんだから」

「へ~い。じゃあ剣さん、休憩頂きま~す。妹さんの心配のし過ぎで、台車に足、はさまないでくださいね?」

「......安心しろ。もう既に一回やってるから」


 鷹丸はケラケラ笑いながら、休憩に入る為に再びバックヤードへと戻っていった。

 ロコが試食販売の仕事を開始して早々、俺は長台車ながだいしゃ車輪しゃりんを足に挟んでしまった。

 作業靴さぎょうぐつを履いていても、ペットボトル飲料のケースがいっぱいに乗った長台車で挟んだのだから、当然痛い。

 若干じゃっかんまだ痛む右足のこうを気にしながら、仕事を続けること一時間......。


「――調子良さそうだな」


 店内の客足もある程度落ちつき、ロコの接客が一通り落ちついたところで、俺はロコに話しかけた。


「まぁね☆ ホットケーキなら昔からよく作ってたし。それに分からないことは周りにいるスタッフさんに聞けば助けてくれるから。問題ないかな」


 目を細めてロコは笑顔で微笑んだ。

 いつもとは少し違う、高揚こうようしたロコの笑顔が、俺にはなんだかとても新鮮に映った。


「そっか......で、昼休憩なんだけどさ、良かったら一緒に入らないか? 今回のおびに昼めしもおごりたいし」

「本当!? 実はさっきから総菜の美味しそうな匂いが漂ってきてて、接客中に何度もお腹鳴りそうでドキドキしてたんだ~☆」


 お腹をさすりながら、ロコは舌をぺろっと出す。

 ロコがいる試食販売のコーナーは総菜売り場からも近く、時間帯的に揚げたてのお惣菜もどんどん陳列されていたので、さぞ食欲をそそられていたに違いない。


「そいつは拷問ごうもんだったな。じゃあ、休憩入るか」

「うん!」


 俺達は試食台を近くの柱の裏に隠すと、一緒に少し遅い昼食をとることにした。

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