第28話


「今年のお正月はどうでした? やっぱり人多かったですか?」


 串田くしださんと新年最初に顔を合わせると、挨拶あいさつも早々に話しの話題は流れでお正月中の仕事の話になる。

 お正月が終わった午前中の店内の様子は、すっかりいつもの平日の午前中の平穏を取り戻していた。


「相変わらずでしたよ。年末よりはマシなレベルですけど」


 クリスマス・年末ほどではないにしても、お正月シーズンも合田店ごうだは朝も早い時間から買い物客で溢れかえっていた。


「その様子だと、妹さんとはお正月はゆっくりできなかった?」

「いえ、昨日一昨日と休みをもらえたので、一緒に初詣に行ってきました」

「そう。良かったじゃない。妹さん喜んでたでしょ」

「どうですかねぇ。アイツ的には初詣よりも、その帰りに寄った牛丼屋の方が余程嬉しかったようにみえましたよ」


 神社を出る時に中学の同級生の女の子と会ってから、ロコの様子に何となく違和感を感じたが、牛丼屋に行ってからその違和感は一気に消し飛んだ。

 初めての牛丼屋デビューで特盛つゆだくを頼み、人目を気にせず美味しそうに食すJK......気づけばいつものロコがそこにいた。 


「何はともあれ、新年からとても仲の良いことで。立派にお兄さんしてるね」


 俺は苦笑いを浮かべながら頷いた。


 これは絶対他人には言えないが、ロコは冬休みに入ってから、毎日家に泊まっている。俺が仕事の時の日中は時折自分の家に戻っているみたいだが、ここまで来ると、ほぼロコと一緒に暮らしているような感覚におちいってくる。


「串田さんの方こそ、お正月はどうしてたんですか? 奥さんと何処どこか出かけたりとかしなかったんですか?」


 今年で結婚10年目となる串田さん。

 子供はいないが、奥さんと二人でいろんな場所に旅行に行くのが趣味で、その行った土地でのお土産話を聞くのがちょっとした楽しみだったりする。


「今年は珍しく家でのんびりしてたよ......あ、でも魔法海戦まほうかいせんの劇場版観に映画館は行ったな」


 この人、本当に世間で流行っている漫画やアニメには目がないなぁ。

 悪い鬼を退治する漫画原作のアニメが流行り出した時も、すぐに全巻購入してたからな......奥さんにお小遣い前借して。


「本編に出て来くる主要人物の若い時の話だったんだけど、意外な過去を背負ってるのが分かったり、あと戦闘シーンがド派手で面白かったよ」


 俺はこの作品、まだ未チェックなので適当に相槌あいづちをして返した。


「なるほど」

「今なら観に行くと特典で原作の外伝コミックも貰えるからお得だよ」


 性格上、世間的な盛り上がりがある程度収まってからチェックするタイプなので、おそらく魔法海戦は今年の後半辺りにチェックするだろう。


「妹さんは興味無いの? 映画館に行ったら男女問わず若い子多かったよ」

「作品自体は知ってるみたいですけど......どっちかと言ったら少女漫画とかの方が興味あるのかなと」


 俺が昔、少女漫画に激ハマリしていた時に買った少女漫画達を、ロコは休みの間に一気読みしていた。


 最初は俺の性癖せいへきさらされるようで、むずがゆいような・恥ずかしいような。からかわれるのを覚悟していた。


 でもロコの口からは純粋な作品の感想のみが聞こえて嬉しかった。


「まぁでも、あいつも一応流行に敏感な女子高生ではあるんで、今度誘ってみますよ」

「誘えたら、その時は報告お願いします」


 今年もこの人とは良好な関係を続けられそうだ。 

 矢代やしろが冬休みに入ったこともあり、この日は普段より少し長めに商談という名の世間話をしてしまった。







 仕事を終えて東草上ひがしそうじょうの駅のホームに降りると、スマホにロコからのメッセージが届いた。


 確認すると『もう駅着いた? 悪いんだけど帰りにお醤油買ってきてもらっていいかな? 切らしてるの忘れてたよ~(・ω<) てへぺろ』との文字。


 絵面えづらが容易にイメージできてしまい、思わず鼻を鳴らす。 

 すぐに『了解☆』とメッセージを送り、俺は改札方面に向かった。


 どこのスーパーに寄ろうか考えていると、気の弱そうな制服姿の女子高生? が何かを探しているかのように地面や線路上をきょろきょろとしていた。


 瞳をうるうるとさせて不安な表情を浮かべている黒髪ボブの彼女は、背も小さくてどこか小動物的な雰囲気。

 制服のスカートの丈はロコより長く、その下からは黒タイツに包まれた細い脚。


 一度は彼女の前を素通りしたが、その姿がまるで迷子の子犬のように見え、思わず立ち止まって後ろを振り返ってしまった。


 ......しょうがない。

 

 面倒ごとに巻き込まれませんようにと心の中で願いながら、意を決して俺は、目前で困っている小動物風な女子高生に声をかけた。

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