第29話

「どうしたの?」


 俺はできるだけ優しく彼女に声をかけた。

 彼女は一瞬肩を大きく震わせて、こちらに恐る恐る顔を向けると。


「......あの......定期、落としちゃって」


 泣きそうな表情でそう答えた。

 そりゃあ見ず知らずの人間に声をかけられたら驚きますよね。なんだったら怖いだろう。


「どこで落としたか分かる?」

「......分からないです」


 鼻をすすりながら、首を弱弱よわよわしく横に振る。

 背の小ささと童顔なことも際立きわだって中学生に見えなくてもない。


「......探しても全然見つからなくて......家にお財布も忘れてきちゃったから、出ること

もできなくて......」


 これは完全にやっちまったパターンだな。

 俺も昔、同じことをやらかしたことがある。こうなると身内に頼んで最寄の駅の改札

まで来てもらう。またはスマホか身分証明書等を改札駅員に預けて、家に取りに行くしか方法がない。


「家はこの辺?」

「......違います。友達の家がこの辺なので」


 友達の家に遊びに行く為にここまで来たというやつか。

 それはご愁傷様しゅうしょうさまで。


「だったら友達に事情を説明して、改札まで来てもらったら?」

「......その友達と全然連絡が取れなくて。そもそも私、友達に行くとも連絡してないので......」


 呆れて嘆息たんそくしてしまった。

 友達の家にアポなし訪問しようとしてやっちまったということだろうか。

 だとしたら残念過ぎる......。


「とりあえず今日はもう帰ったら? 友達と連絡つかないなら行っても仕方がないよ。定期に関しては、家族に連絡して自宅近くの最寄り駅まで来てもらってさ」


「......それは......ちょっと......」


 親に内緒でここまで来たのだろうか。

 言葉にためらいを感じた。  


「――これだけあれば足りる?」


 俺は自分の財布から千円札を取り出すと彼女に手渡した。


「え!? そんな! 悪いですよ!?」

「いいから。定期を無くしたのは痛いだろうけど、このままここで探してても風邪引いちゃうよ?」


 明日は雪の予報になっているだけあって、今晩はまた一段と厳しい寒さ。 

 いくら寒さに強いと言われるJKでも、この極寒の中で長時間探し物をしていては体調を崩してしまう。


「定期は紛失届出せば見つかるかもしれない。けど君に何かあったら、その友達が心配すると思う」

「.........はい。そうですね」


 納得し、俺が渡した千円札を持った手を引っ込める。


「じゃ、俺はそろそろ行くわ。家で柴犬が『ご飯まだ~?』って、首を長くして待ってるんで」


 そう言うと彼女は、くすくすと声を出して笑った。

 俺はきびつを返すと、再び改札の方へとホームを歩いていった。


「ありがとうございます! この御恩は忘れません!」


 後ろから彼女の感謝の言葉が聞こえてくる。 

 ドラマみたいなシチュエーションに照れくささを感じて顔が紅潮こうちょう

 その場を早く立ち去りたくて、自然と早足になった。




***





「へ~。帰りにそんなことがあったんだ。剣真けんまえらいね☆」


 母さんの形見のどてらを着たロコが、晩御飯の湯豆腐にふーふーと息を吹きかけて口に入れた。

 前世は柴犬だったこのJK、人間になった今は意外と猫舌だった。


「探してる雰囲気が迷子の子犬っぽくてさ、なんか放って置けなかったんだ」

「ホントは好みのタイプだったから声かけたりして」

「何度も言うようだが、俺は女子高生ガキに興味はない」

「ハイハイ」


 目を細めてニヤニヤしているロコを目の前に、俺は自分の皿の上の湯豆腐に薬味を載せて醤油をひとかけする。


「剣真が助けた女子高生の話を聞いてると、幼馴染おさななじみのことを思い出すなぁ」

「幼馴染?」

「うん。私のいっこ下の女の子なんだけど、目がクリっとしててポメラニアンぽくってさ

。子供の頃は毎日一緒に遊んでたんだー」


 そういえば駅のホームで助けた彼女も目が特徴的だったな。ポメラニアンというより、どっちかというとチワワに近い印象だったけど。


「今は連絡取ってないのか?」

「高校入ってからはほとんど。それに家も引っ越して遠くなっちゃったし。今頃何してんのかな......」

「連絡先知ってるなら、たまには連絡してみたらどうだ? 会える時に会っておかないと、あとで後悔するぞ?」 


 大人になって気づいたことだが、人間の状況というのは日々変化していく。

 今まで簡単に会えていた人が、何かしらの理由でそうではなくなってしまう。

 だから会いたい人には会える時にいっぱい会っておこう........俺は去年、それをつくづく実感した。


「......そうだね」


 ロコの表情が曇り、言葉をにごした。

 そして強引に話題を変えようと。


「あ、そういえば剣真、明日雪降るらしいよ! もし積もったらさ、家の前で雪合戦しない?」

「別に構わないけど。ただ家の前は勘弁してくれ」


 そいつはいくらなんでも恥ずかしい。プラス近所迷惑。


「じゃあ近所の公園で! 思い出の公園にそっくりなあそこで!」

「分かったから落ち着け......お前、人間になっても雪好きなの変わらないな」

「剣真知らないの〜? 女子高生は雪降るとテンション上がるんだよ〜☆」


 屈託くったくのない笑顔を浮かべ、弾むような声を上げる。


 ロコが人間に生まれ変わって17年。

 ここまでどんな道を歩んできたかなんて知るよしもない。 

 願わくば幸せな道のりであっていてほしい。


 俺は昔のロコのことは知っていても、今のロコ、大志葉加那のことをあまりにも知らないのだから......。


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