第24話

「お昼、すっかり食べそこねっちゃったね」

「......そうだな」


 お互いの気持ちが落ち着いた頃、外はまだ4時前だというのに、陽が少しだけ暮れ始め

ていた。

 真冬の夕方というのは、他の季節の夕方と比べて寒さもあってか、一段と人を寂しい気持ちにさせて。俺は苦手だ。


剣真けんまがなかなか泣き止まないからだよー」

「な、泣いてねぇし」

「強がっちゃって。隠すの下手過ぎ」


 いつくしむような表情から、ロコは俺にニコリと微笑んだ。


「今からどこか入るか?」

「それなんだけど......まだ何か食べられそうな気分じゃないんだよね。剣真は?」


 無理もない。エレベーターの中でパニック症状におちいった上に、その後俺と本音のやり取りをしたんだ。いくらロコでも食欲なんて無くすだろう。


「俺もだ。甘い物だったら少しは食べられそうだけど」

「ねぇ。剣真さえ良かったらさ、空腹までの散歩ついでに、朝剣真が気になってた場所、行ってみない?」

「......カップルが集中して向かっていた、あそこのことか」 

 

 気になっていたのは俺ではなくてロコの方だけどな。

 まだ食欲も戻ってきていないので、気分転換には丁度良いかもしれない。


「いいけど。俺達には無縁むえんの場所だぞ?」

「その言い方からすると、何があるか知ってるんだ」

「多分だけどな。とりあえず恋人のいない俺達は、みじめな気持ちになることだけは覚悟しておけ」

「そこまで言われると逆に気になるんですけど。あくまで散歩ついでだから」

「お前、ホント散歩が好きだよな」

「元・柴犬ですので」


 俺達は長く居座っていた休憩スペースを後にし、ロコが行きたいというあの場所へ向かうことにした。

 降りる際、エレベーターにどうしても一度は乗らないといけない状況があったが、ロコはなんとかパニックにならず耐えることができた。

 それでも握った手からは小刻みに震えが伝わってきた。

 口では後悔は無いと言っていたけど、一度味わった死の間際の記憶を忘れることなんて、そう簡単にできるはずはない。

 せめて俺が一緒の時だけは、ロコをそんな記憶から助けてやりたい。




***




「うわー! 見て見て剣真! この道凄い綺麗だよ!」


 目的地周辺に着くと、ロコは歓喜の声を上げた。

 並木広場全体がイルミネーションに包まれており、様々な色鮮いろあざやかな光を発していた。

 その景色は正にインスタ映えというやつで、ほとんどの通行人がスマホで写真を撮っている。

 イルミネーションがもっとも輝く時間にはあと一・二時間の経過が必要だが、外がまだ少し明るい、この時間ならではのイルミネーションの良さも感じる。


「あれ? この行列は......一体何だろう」


 数メートル歩くと、何やら若いカップルばかりが並んでいる行列に出くわした。

 その先には大きなクリスマスツリー。

 この二つで俺は何の行列か見当がついてしまった。


「これは相性診断の行列だな」

「相性診断?」

「あぁ。毎年クリスマスの時期になると、あんな風に並木広場の奥で相性診断のイベントをやってるんだよ。懐かしいな」

「なるほどねー。カップルの目当てはコレでしたかー。剣真は、ここで誰かと相性診断したことあるの?」

「あるわけないだろ。相性診断をするってことは、遠回しに『あなたのこと好きです』って、言ってるようなもんだからな」

「確かに」

「こんな大勢の人がいる前で告白とか......恥ずかしくて俺にはとてもとても」


 新宿に用があって毎週通っていた数年前。

 俺は当時好きだった女の子を、何度かここに誘おうかと思ったりもした。

 が、関係性が壊れるのが怖くて、結局誘うのはおろか、告白さえもついにはできなかった。

 今思えば、その判断は間違っていなかったというのは、何とも皮肉な話だが。


「ほほー。じゃあ、せっかくだからやってみようか」

「......お前、今の俺の話聞いてないだろ」

「え~、いいじゃん。何事も経験だよ」

「家族と恋人としての相性診断してもなぁ」

「じゃあ家族としての相性診断ってことにして。それならいいでしょ~?」


 瞳を嘘っぽくうるうるさせて訴えかけてくる。

 ロコの奴、言ってることが無茶苦茶だな。

  

「だからやってみよう? せっかく新宿まで来たんだし......お願い☆」


 たたみみかけるように、俺を見据えて甘い声をあげる。


「......しょうがねぇな。ロコがそこまで言うならいいけど」

「やったー! じゃあ早く並ぼう♪」


 俺の手をぐいと引っ張ると、ロコは行列の最後尾めがけて猛ダッシュした。


 ――20分後。

 ようやく俺とロコの相性診断の順番が回ってきた。

 俺達の目の前にはルーレット状の巨大な機械。

 その機械の根本ねもとの辺りに置いてある、箱状の別の機械のボタンを二人で押して診断するというのは見ていて分かった。 


「剣真、いっせーのーせ! でいくよ」

「了解」

「それじゃ......」

「「いっせーのーせ!!」」


 重なり合った二人の手でボタンを押すと、シンプルな機械音を上げながらルーレット状の機械が下から上へと点滅していく。


 その勢いは全く止まらず、あっという間に頂点まで点滅が到達すると、賑やかに鐘の音が鳴った。  

 同時に周囲からは祝福するような拍手の音が聴こえてくる。

 どうやら俺達は、最高に相性が良いらしい。


「凄いよ剣真! 私達、相性抜群だって!」


 俺の手を両手で握りしめ、ロコはぴょんぴょんと何度も跳ねて喜んだ。

 俺も一緒に喜ぼうとした瞬間、ロコのスカートが派手にひらひらとしている姿を見て我に返った。


「ロコ!? 下! 下!」

「え? ......あっ!」


 スカートの状態に気づいたロコは慌ててスカートのめくれを正し、顔を真っ赤にした。

 祝福の拍手からくすくす笑いへと音が変わっていく。

 その恥ずかしさから逃げるように、俺達はその場を退散した。


「いや~、やっちゃったね~」

「公衆の面前めんぜんで何やってんだよ」


 舌をペロっと出すお馴染なじみのロコの「てへぺろ」に、俺は鼻を鳴らして笑った。


「剣真と最高の相性なのが嬉しくて、ついね」

「俺だって嬉しかったけど、ロコのスカートの状況見たら一瞬で気持ちが吹っ飛んだわ」


 薄緑色うすみどりいろの下着が偶然見えてしまったことは本人は黙っておこう。


「......剣真も嬉しかったんだ」

「当たり前だろ。例えロコの姿が昔と違っても、俺とロコは最高のコンビなんだっていうのが証明できたんだから」

 

「そっか......嬉しいんだ」


 ロコは小さく呟くと、一人頷うなづいた。


「なんかテンション上がったらお腹空いてきちゃった。どこか食べに入ろう?」

「だな。俺もいい感じにお腹空いてきた。何食べたい?」

「とにかくお肉食べたい! お肉!」

「あんまり食べると夕飯遅くなるぞ」


 ほんの数時間前の状態が嘘のように、ロコの顔色は良くなり、声も通常運転の快活な声に戻っていた。


 今日はいろいろあったけど、ロコにも喜んでもらえて、途中トラブルこそあったが...

...本音で語り合うことができて、本当に企画して良かった。

 子供の頃に守れなかったこの笑顔を、今度こそ守りたい.........絶対に。




――――――――――――――――――――

        あとがき


 ここまで読んで頂き、本当にありがとうございます!


 広告欄の下に作者に応援とレビューを送るページがございますので、宜しければ何か感想を残して頂けると、とても嬉しいです。


 また、年内の更新はこの第24話までで、2022年の更新は元旦の午前6時を予定しております。


 今年は大変お世話になりました。

 

 来年もどうぞ宜しくお願い致します。


                せんと

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