第33話

 スーパーの催事場さいじじょうは、どのお店も大体一月だいたいひとつきごとに変わる。

 今の季節だとバレンタインコーナー。


 赤を中心とした色合いのデコレーションシートには大小様々なハートマーク。

 壁面にはプレゼント箱のイラストに『ハッピーバレンタイン!』と書かれた大きなタペストリー。


 遠くからでもその場に陳列されている商品がチョコレートであることは一目瞭然。


「今年はこんな感じにしてみました......どうでしょうか?」


 俺は副店長に催事場のレイアウトの最終確認をお願いした。

 この手のものは一般的な催事場と違って女性、特に若い女性の感性が重要になってくる。


 残念ながら我がグロッサリー部門には『数十年前までは若かった』女性はいても、現役バリバリの若い女性はいない。

 副店長なら年齢も若く、何より女子学生が多いレジ部門のマネージャーでもあるので適任だと感じた。


「――良いと思います。ただちょっと綺麗にまとまり過ぎているので、何か遊び心があった方が面白いかと」

「遊び心ですか」

「例えば何ですけど――」


 副店長は自身のスマホを取り出すと、他店舗のバレンタインコーナーの写真の数々を俺に見せてくれた。


「このようにバレンタインチョコには、好きな人にあげるチョコ以外にも、いろいろな種類がありますということを紹介するPOPを設置して、お客様の注意を引いたりするのも面白いです」

「なるほど......これは確かに面白いですね」

「専門店に比べると当店のようなスーパーはどうしても種類や品質で負けてしまいます。なのでここは一つ、ネットでバズりそうなPOPを作りましょう」


 バズリ狙いとはまた大きくでましたね。副店長の一世代上の人間にはほとんどいない柔軟な発想、俺は嫌いじゃない。


 さいわいバレンタインデーまでにはあと約一ヶ月ある。

 ネットで検索して参考になりそうな案をまた探ってみるか。


「了解しました。やり過ぎないようにやってみます」

「安心してください。やり過ぎたら私が本部から怒られるだけなので」

「......善処ぜんしょします」


 優しい表情でさらりと怖いことを言う。 


 ちなみに俺の直属の上司の矢代やしろは冬眠、じゃなくて冬休み中。

 案の定、三元豚さんげんとんは自分が休みの時に面倒ごとを押しつけてきた。

 まぁ、いてもいなくても最終的に俺がやることにはなっていただろうが。

 仮に休み明けにブーブー文句を言ってきても、こっちは副店長のお墨付きをもらっているんだ。恐れるものは何もない。


「ところで副店長」

「何でしょうか?」

「先程のPOPの参考画像の中にあった[諸田知世子もろたちよこ]って誰です?」


 友チョコ・義理チョコ等のバレンタインチョコの種類が書かれたPOPの中に『諸田知世

子』と、どう考えてもシャレを狙って入れてきた人名らしき名前。

 

「......え~とですね、ソーシャルゲームで人気のアイドルキャラクターらしいですよ」

「そうなんですね。流石は副店長、よくご存知で。自分はソシャゲとか一切しないので全然知らなくて」


 昔、ソシャゲにハマっていた時期が俺にもあった。

 だがある日『ソシャゲは基本絵柄が違うだけでシステムは全て一緒!』という衝撃の事実に気づき、それ以降熱が冷めてしまってやめてしまった。


「でもソシャゲのキャラクターなんですよね。その子の名前をPOPに書いた程度でバズったりするとはとても思えないんですが」



「――浅田あさださん、甘いですね」

「はい?」


 チョコだけに、なんて冗談を言える空気ではなかった。

 声のトーンは低く、目つきは鋭く変化し、眼鏡めがねの真ん中の部分を中指でくいと上にあげ。


「ちょこはシリーズの中でも常に人気トップ5に入るレベルのアイドルで、所属するユニットのCDの売り上げは毎回5万枚は達成しており、中でも3rd LIVEで披露したシングル曲のパフォーマンスは神がかっていてファンの間では伝説になっています」


 店内、仕事中であることを気にせず情熱的に喋る副店長に俺はただただ圧倒されている。


「ちょこは名前の通りチョコレート大好きな女子高生アイドルです。チョコを食べるちょこは天使のように可愛く、そして愛おしい。いずれチョコレートメーカーとのコラボ商品も発売されることでしょう。彼女ほどバレンタインチョコのイメージキャラに適任なキャラクターはいません」


 熱弁を終えた表情にはどこか達成感のようなものを感じる。

 俺の中で清廉潔白せいれんけっぱくの副店長のイメージが一瞬にして変わった。


「......ちょこ、お好きなんですね」

「え!? ......は、はい......」

「副店長がアイドルゲーム好きだったなんて意外でした」

「......恥ずかしい」


 ほお朱色しゅいろに染めて視線を床に落とす。副店長の新鮮な反応に俺まで顔に熱を帯びてくる。


「恥ずかしがる必要はないですよ。自分の知り合いにもアイドルゲームにハマっている女性いますし」

「本当に?」

「はい。アイドルを応援する女性、可愛くて素敵じゃないですか」

「か、か、か、か、かわいいっ!!?」


 蒸気でも出そうな勢いで副店長の顔は真っ赤になった。当然セクハラ的な意味で言ったつもりはないんだが。いくらなんでも上の立場の女性に可愛いはマズかったかも。

 

「――浅田さん、副店長命令です。罰として今日中にプロデューサーデビューしてください」


 怒られることを覚悟していた俺にかけられた言葉は、予想の斜め上をいく指示。 

 CMを見たことがあるのでプロデューサーデビューの意味を俺は理解している。


「......いいですけど。何の罰です?」

「ちょこをバカにしたことと、私をからかった罰です」

「......了解しました」


 副店長をからかったつもりは一切ないんだけどなぁ。

 ここで変に言い返すとまた去年の二の舞になる予感しかしないので、素直にうなづき受け入れた。


「それと、このことは他のスタッフには内緒でお願いします」


 嬉々ききとした口調で、俺を見すえてにこりと微笑んだ。


 その日の帰り道に俺は早速、諸田知世子こと『ちょこ』が登場するソシャゲをダウンロードした。

 副店長の意外過ぎる趣味にPOPことなど忘れて。

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