第2話

「一時期のブームが嘘みたいに、今は入荷してもほとんど売れ残ってしまうそうです」

「やっぱりそうなんですね......。確かに最近、お客さんに全く訊かれなくなりました」


 駅までの道すがら、俺はなんとか仕事の話題で副店長との会話を繋いでいた。


 普段、副店長と二人きりで話をするなんて稀な上、恋愛にあまり興味のない俺から見ても副店長は魅力的な人なので、変に緊張してしまう。


「でもあの時の副店長、凄くカッコ良かったです。毎週見事に妖怪共の行列をさばいていて」

「恥ずかしいからあの時のことは言わないで下さい......本当に必死だったんですから。それにお客様のことを妖怪共だなんて言っては駄目ですよ?」


 軽くほおを赤らめ、顔の前で手を左右に振る副店長。


 副店長こと天条さんは、社内でも人気が高い。

 同期の男性社員連中も何人か天条さんを狙っているという話を聞いたが、皆、食事はおろか、飲みに行くことすらできていないという。

 誰が呼んだか、いつしか天条さんには『難攻不落なんこうふらくの副店長』という隠れた異名がついた。名前だけ聞くと店長より凄そうだ。


「――でも良かった、元気そうで。浅田さん、お母様の件だけでも大変なのに、最近は矢代さんのことでも......その......」


 店舗から駅までの中間に位置する歩道で、信号待ちをしている時だった。

 天条さんの言いたいことはだいたい分かっているし、あの図体ずうたいでアレだけ派手に暴れていれば嫌でも目につく。


「......母の件は、もう大分だいぶ落ち着きました。それに矢代さんのことに関しては、これも良い経験だと思って諦めていますから」


 声のトーンが低くなってしまったことを誤魔化すように、俺は天条さんに軽くニヤっと作り笑いをして見せる。


「――フッ! なんですか、それは」


 天条さんも釣られて笑ってくれた。

 主張し過ぎず、丁度良い加減のほんのり甘い化粧の香りが、風に流されて俺の元へやってくる。


「でも、何か困ったことがありましたら、遠慮なく相談して下さいね? いつでも協力しますから」

「ありがとうございます。副店長にそう言って頂けると助かります」


 そんなことを話しているうちに、気がつけば駅の改札を通り、ホームまで来ていた。

 そして到着してすぐ、天条さんが乗る予定の上り電車がやって来た。

 下り方面に比べると、時間帯もあって乗車している人はかなり少ない。


 俺は下り方面なので、天条さんとはここでお別れだ。


「では浅田さん、また明日。お疲れ様でした」

「はい! お疲れ様でした!」


 そう言って、上り電車で帰っていく天条さんを見送った。

 下り電車を待つまでの間。ベンチに座りながら、先程、天条さんに言われた言葉を思い出していた。


 困っていること、それは。


『家族が誰もいなくなってしまったことです』


とは、流石に言えるわけがない。

言ったところで、天条さんが俺の恋人、または家族になってくれるわけがないのだから。


 秋の夜風が、緊張で火照ほてっていた身体を冷ましてくれて丁度いい。


 俺の唯一の肉親であった母さんがいなくなってから、家に一人でいると、時折謎の不安と恐怖感に襲われることがある。


 ある程度覚悟はしていたけど、まさか母さんがいなくなっただけで、自分がここまで弱くなるとは想像もしていなかった。

 妻に先立たれた高齢の男性が、追うようにその後早く亡くなる傾向けいこうが高いというのは、なんとなく分かった気がする。

 自分に彼女・奥さんができたのなら、おそらく変わるのだろうが......残念ながら今のところその予定は、全くない。


 いずれにせよ、今の自分には『天外孤独てんがいこどく』になったという事実を受け入れ、日々を生きて行くしかないという現実ことだけがはっきりとしている。


 それが、自分の犯してしまったなんだと、自分に言い聞かせるように......。




 自宅のある最寄り駅に着いた時には、夜九時を回ろうとしていた。

 合田駅から下りで三駅離れた『東草上』というところが、俺が現在住んでいる町だ。

 駅前には今時地方では珍しい、大きく長い商店街。

 更に商店街から少し離れれば、ホームセンターや格安で有名な某・大型家具店もあり、生活する分にはほとんど不便のない、住みやすい町だと思う。


 俺は改札を出て商店街に入り、ただひたすらに真っ直ぐ歩いた。

 家の場所は商店街の先。駅から歩いて15分程度の位置。


 昨日食料の買い出しをしたので、今日はこのまま真っ直ぐ帰るつもりだったが。なんとなくお酒が飲みたい気分だったこともあり、家の近所のコンビニに寄って梅酒と柿ピーを購入。

 家の前まで着き、外の郵便をポストを確認してから、自分の部屋のある103号室のドアが見える位置まで来た時だった。


 自分の部屋の玄関前に、制服姿のJKが座り込んでいた。


 栗色に近い茶髪にピアスという、いかにもギャルJKというルックス。

 アパートの街灯に照らされたその横顔は、JKには思えないほど大人びた、美しく整った顔立ち。明らかに不審人物のはずなのに思わず見惚みとれてしまう。


 そして一番気になったのは、彼女を見た瞬間、胸の奥がポカポカするような.....どこか懐かしい感覚におちいった。

 俺にJKの知り合いなんていないし、ましてや親戚達の子供にあのくらいの年代の女の子はいなかったはずだ。


「......うわ〜! やっぱり剣真だぁぁぁぁぁぁ! ――久しぶり!!」

「んぐふっ!!」


 俺が様々な思考をめぐらせている間。彼女は俺の存在に気づくと、勢いよくこちらに向かってタックル気味に抱きついてきた。

 俺はそのまま頭を地面につくような形で倒れる。

 手に持っていたコンビニの袋は、軽く俺の後ろへ吹っ飛んていった。


「こんなに大きく立派に成長しちゃって......お姉ちゃんは嬉しいよ!」


 そう言って髪をわしゃわしゃしてくる彼女。

 先程見惚れていた彼女と本当に同一人物か? と思うくらい、無邪気に元気で、スキンシップの激しいJKが今、目の前にいる。


 それよりも今、自分のことを『お姉ちゃん』と言ったか?

 どういうことだ?

 一気にいろんなことが起こりすぎて、全く言葉が出てこない。


「――ひょっとして、私のこと忘れちゃった!? ......まぁ、この姿だから分かるわけないよね......」


 舌を出して『てへぺろ』というような表情を見せると、彼女は一旦俺から離れ。言った。


「私はロコ☆ 浅田家の一員にして、剣真のお姉さん! どういうわけか、人間に転生しちゃいましたー♪」


 想像のはるななめ上を行く言葉に、俺の呼吸が一瞬止まった。


 と同時に心の深い奥底にしまっていたはずの記憶の扉が、ガタっと、静かにゆっくりと開き始めた。


 彼女は――子供の頃に一緒の時を過ごし、哀別あいべつした愛犬かぞくの『ロコ』だと名乗った。

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