第3話

「.........えっと、何を言ってるのかな?」


 ようやく言葉を発することができたが、正直頭の中は更に混乱している。

 見知らぬJKに家の前で待ち伏せされ、抱きつかれたことよりも、どうして彼女がロコのことを知っているのか。


 しかも『自分はロコの生まれ変わりだ』なんて......あまりに人をバカにし過ぎている。

 なんとか冷静に対処しようと思いつつも、大切な思い出を傷つけられた気分で、怒りで声が震えているのが知覚できた。


「だからー! 私はロコ! クリクリお眼目がトレードマークだった柴犬の浅田――」

「いい加減にしてくれないかな!?」


 起き上がり様、彼女の声をさえぎるように、言葉を強く放った。

 なおも自分はロコだと言い張る彼女に、これ以上我慢できそうにない。


「どこでロコのことを知ったのかは知らないけど、キミがロコの生まれ変わりだなんて......人をからかうのもそのへんにしてくれないかな?」


 落としたコンビニの袋を拾い、俺を彼女を軽くにらみつけながら言った。


「だって、私本当に――」

「これ以上ロコをバカにするようなことを言ったら、本気で殴るぞ?」

 

 女の子、しかもJK相手に言うようなセリフではないと頭では理解している。

 でも俺の愛犬かぞくかたる目の前のJKが、たまらなく許せなかった。

 それくらい、俺にとってロコは大切な存在。家族。

 アイツを侮辱ぶじょくすることは、誰であろうと許さない。


「......分かったよ。ごめんなさい......私、帰るね」


 視線を落として絞り出すような声で言うと、彼女はそのまま、俺の横を通り抜けて去っていった。

 横目で見えた彼女の表情は、先程までの快活な表情が嘘に思えるくらい、暗く、沈んだ表情だった。

 まるで天国から地獄に一気に落とされ、絶望したかのような......。


 俺は、その表情が何故かどうしようもなく気になった。

 相手はロコの名前をかたった酷い女......のはずなのに。


「――ちょっと待ってくれ! ......ここじゃなんだし、よかったら、家の中で話さないか?」


 気づいた時には、彼女を後から引き止めていた。




***




「へぇ〜。思ったより部屋片づいてるじゃん。ていうか部屋の広さに対して物無さ過ぎなんですけど」

「当たり前だ。最近引っ越してきたばかりだからな」

「なるほど......どおりで......」

「なんか言ったか?」

「ううん! 何でもない! こっちの話!」


 部屋の中に入るなり、彼女は落ち着かない様子で辺りを見回す。

 見知らぬJKと家の中で二人っきりという息苦しさもあって、俺は真っ先にベランダの窓を少し開けた。

 じめっとした部屋の中に、気持ちの良い風が流れ込んでくる。


「飲み物、何飲む? と言っても、コーヒーか緑茶しかないけど」

「それじゃあコーヒーで! 砂糖とミルクも入れてくれると嬉しいんだけど」


 初対面の人の家に上がってここまで遠慮なく言えるとは......流石さすが見た目ギャルなJK。


 俺はキッチンに入ると、電気ケトルに水を入れてスイッチを押し、二人分のコーヒーカップとスプーンを用意する。

 お湯が沸くまでの間、どう会話していいか分からず、俺はキッチンでただ視線を泳がせては黙っていた。

 入れた水の量が少ないこともあり、お湯はあっという間に湧いてくれた。


 コーヒーを両手にリビングに戻ってくると、彼女も落ちつかない様子で、床に座ったまま身体を横に揺らしていた。


「......お待たせ。砂糖とミルクはテーブルの上にあるから、適当に入れてくれ」

「ありがとー☆ 剣真を待ってる間、外、結構寒かったから助かるよ〜♪」


 そんな短いスカートだったら寒くて当たり前だろ、と軽く心の中で呟くと、俺は座布団ざぶとんの上に座り、コーヒーをそのまま一口飲む。

 気持ちが少し落ちついたところで、早速本題に入ることにした。


「――で、誰からロコのことを聞いた? 俺の親戚しんせきからか?」


 もっとも気になっている点から訊ねてみる。


「だから言ってるじゃん。私がそのロコだって」

「そんなの信用できるわけないだろ? キミがあのロコの生まれ変わりだなんて......いくらなんでも現実的じゃなさ過ぎる」

「まぁ、確かに。リアルっぽくないよね〜。でも事実、私には前世の、ロコだった時の記憶がここにある。コレって何か運命的なもの感じない?」


 自身のこめかみを人差し指で指して、悪戯いたずらっぽくニヤっと笑う彼女。


「どんな運命だよ......。じゃあ訊くけど、ロコがうちにやってきたの俺が何歳の時だ?」

「6歳。小学1年生の時。あの頃は剣真、『イヤだ! 学校行きたくな〜い!』ってよく泣いてたよね〜?」

「.........その時住んでた家のお風呂場はどこにあった?」

「家のすぐ外にあった、小屋みたいなところ。私、人に身体洗われるの超苦手だったから、よく覚えてるし」

「............最後。ロコの好きな散歩のコースは?」

「家からママさんが働いているクリーニング屋さんまでのコース! ママさん、お迎えに行くといつもおやつくれるから、ついお休みの時にもお迎えに行っちゃってたなぁ」


 ――おい、マジか。全部当たってやがる。しかも思い出まで一緒にべるなんて――


 ここまで完璧に解答されると、目の前にいるJKが本当にロコであることを信じざるを得ない。

 俺は驚愕きょうがくのあまり、口をぽかんと開けたまま、絶句する。


「どう? これで信じてもらえた?」

「…………悪い。この現実に頭がついてこない」


 これはきっと何かの夢だ! と思い自分で自分のほおをつねるも、しっかりと鈍い痛みを感じる。


「ハハッ! やっと理解してくれたね! というわけだから、またよろしくね! け〜んま☆」


 彼女はその真っ直ぐな瞳で俺を見つめて、にこりと微笑んだ。

 その姿が一瞬、柴犬だった時のロコとかさなって、俺の目に映った。


 間違いない。


 彼女はあのロコだ。


 一緒の時を過ごした俺がそう感じるんだから、間違えるわけがない。


 まさか愛犬かぞくとの予期せぬ突然の再開に、目頭めがしらと胸が熱くなり、涙腺るいせんが崩壊しかけた時だった。


 『ぐ〜』と、空気を読まない俺の腹が結構な音量で鳴り、一気に涙が引っ込んだ。


「......ぷっ! 凄いお腹の音だね!」

「そういや俺、夕飯まだだったわ」

「良かったら、再開を祝して、冷蔵庫の中のありもので何か作ろうか?」

「え? お前料理できんの? ギャルでJKなのに?」

「失礼だな〜。こう見えて料理は得意なんです〜! それに今時のギャルJKは料理もできるんだから」


 どう見ても料理が得意そうには見えないが......そこまで言うなら、ロコに料理を作ってもらうことにしよう。

 俺はロコの申し出を受け入れると、早速キッチンへ案内した。



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