第4話

「ほほぉ〜☆ 意外とキッチン広いね。冷蔵庫の中、見てもいい?」

勿論もちろん。ご自由に」


 彼女は二の腕まで長い髪を右手で抑えながら、冷蔵庫の扉を開けた。

 中には長ネギやほうれん草等の野菜類、それに豆腐にわかめ。あとは味噌みそといった基本的な調味料に、1.5リットルのスポーツドリンクのペットボトルが入っているだけだ。

 基本、仕事のある日は冷凍食品で済ませてしまう為、料理するのは休日のみになる。


「このラインナップで簡単に作れる物は......やっぱり味噌汁かな?」

「あれだけ大口叩いて、作るの味噌汁かよ」

「文句言わないの! 時間も時間だし、早くできて消化のいい物がいいでしょ!」


 そう言うとロコは長ネギと豆腐を冷蔵庫から取り出し、近くにあった空の鍋に水を入れ、コンロの火にかけた。

 そして包丁とまな板の場所を知らないはずなのに、一発でその二つが入っている棚を引き当てた。

 元・柴犬の感というやつだろうか?


「......後ろでじっと見られると、なんか緊張するんですけど?」

「......分かったよ。俺はご飯とおかずの用意しとくから」


 と言っても、レンジでチンするだけなんだけどな。

 俺は冷凍庫から冷凍のご飯、それに牛肉コロッケとからあげを取り出し、一種類づつレンジで温め始めた。


 ふと横目で彼女の料理する様子をうかがうと、慣れた手つきで素早く長ネギを小口切こぐちぎりしている。

 どうやら料理が得意というのは嘘ではないらしい。

 少なくとも、自炊を始めてまだ三ヶ月くらいの俺が作る味噌汁よりかはマシだろう。


「そういえばお前、なんで俺の家が分かったんだ? どこかで会ったことあったっけ?」


 味噌汁ができるまでの間、俺はふと疑問に思ったことを口にした。


「私、前世が犬だったから、人より数倍も鼻がいいんだよね。それで剣真の匂いを辿たどっていったら、ここに着いたってわけ」


 記憶だけじゃなくて能力まで引き継いでいるのかよ。すげーな。

 てことはあしも速かったりするのか......

 自然と視線が彼女の太ももあたりにいってしまう。

 ほどよく茶色の肌でスラっとしていて、綺麗きれいなラインき出しの生脚なまあしに、俺は思わずつばを飲み込む。


「あれれ〜? 剣真、私の脚見すぎじゃない? そんなに私の脚ってセクシー?」

「......バカ! そんなんじゃねぇよ! 誰が子供ガキの脚なんかで興奮するかよ!」


 ニヤニヤとからかうように、そしてわざと色っぽく言葉を発するロコ。


「どうかな〜? 剣真って、女子にあんまり免疫めんえきなさそうだからな〜。私みたいなイケてる女子高生に迫られたら、あっさり襲っちゃいそー」

「安心しろ。前世が柴犬だった女子高生にだけは絶対そうならない」

「むぅぅぅぅぅぅ。剣真のいじわる!」


 ほおをぷく〜とふくらませて不満をあらわにする。

 犬だった時も愛嬌あいきょうが豊かで面白い奴だったけど、人間になってからも変わらない。むしろ人間になってその分、進化したんじゃないか?

 そんな感じで久しぶりにロコとたわむれているうちに、あっという間に味噌汁は完成した。


「――どう? 美味しい?」


 俺の夕食達を手にリビングに戻ってきて早々、俺は真っ先に彼女の作った味噌汁を口にした。

 感想が気になるのか、真剣な眼差まなざしをこちらに向けている。


「......確かに。美味いな」

「良かった〜! これで『不味まずい』なんて言われたら、危うく剣真のこと噛んじゃうところだったよ〜」

「言わねぇよ。人がせっかく作ってくれた物に不味いなんて言うわけないだろ?」


 実際、ロコの作った味噌汁は本当に美味かった。

 特別凄い美味いというわけではないが、食べると安心する、身体と心に染みるというか......まるでお袋の味みたいな感じ。

 煮えすぎづ、丁度良い感触の長ネギに。見事に精確にさいの目切りにされた豆腐。

 自分で作る味噌汁と同じ調味料を使っているとは思えない、味噌とだしの絶妙なバランス加減。

この歳でこれだけの味噌汁を作れるなんて。純粋に凄いと思う。


「それに本当に美味いぞ? 定食屋で出されたら、間違いなく常連になるレベルで」

「本当!? じゃあ将来は定食屋のおばちゃんにでもなろうかな?」


 目を細めて幸せそうにはにかむロコもおかずに、俺は夕飯を平らげていく。


「......やっぱり、剣真って変わってないね」


 味噌汁とおかずを完食し、あとは少量のご飯のみというところで、彼女は一言、こぼした。


「そうか? あの時と比べたら流石さすがにいろいろと変わってると思うぞ? 身体の大きさとか」

「そうじゃなくて。そりゃあ、あの時より身体が全然大きくなってて、最初は驚いたけど......でも、変わってほしくない部分は、あの時のままだと思うなぁ」

「変わってほしくない部分って?」

「......ごめん! 私にもわかんないや!」


 数秒間の沈黙後、舌を出して『てへぺろ』の表情でおどけるロコ。

 そこまで言っといて分からないんかい!


「なんだそれ」

「変なこと言っちゃったね! 忘れて! ......あ、そういえばママさん元気? 今は一緒に住んでないの?」


 話をらすように彼女は強引に話題を変えた。


「ママさん、私が『ロコ』だって知ったらビックリするだろうなぁ〜☆ ていうか、多分剣真と一緒で最初は信用してくれないだろうから、その時はフォローよろしくね!」


 目を輝かせて母さんとの再会の時を楽しみにしているロコに、現実を突きつけるか少し躊躇ちゅうちょしたが、大事な家族に嘘はつきたくない。

 だから俺は、正直に話すことにした。


「......母さんは――亡くなったよ。つい三ヶ月前に」

「――え?」


 彼女の表情から明るさが、すっと、消えた。


何を言われているのか分からないという表情で、こちらを見据えている。


「......良かったら、線香だけでもあげていってくれないかな? 母さんも喜ぶだろうし」

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