第5話

 母さんの遺骨いこつの入った骨壷こつつぼは、リビングではなく、空いている部屋を仏間代ぶつまがわりにして今は保管している。


 亡くなってから俺は毎夜欠かさず、母さんに線香せんこうをあげている。

 生前、カメラが苦手だった母さん。当然本人が写っている写真もほとんど残っていなく、遺影いえいに使う写真選びになかなか苦労した。

 こんなことだったら、もっと母さんと写真を撮っておけば良かったと、後悔した。


「――末期の大腸癌だいちょうがんでさ......病院に行った時には既に手遅れだった」


 ロコに背を向けたまま、当時のことを説明し始める。


「この人、亡くなる直前まで、俺のこと心配してたんだぜ? ......本当、いつも人の心配ばかりしてさ............それだから自分の身体の異変に気づかなかいんだよ......」


 本当は気づいていたんだと思う。


 俺に心配をかけたくない為に、母さんは自分の身体に限界が来るまで、我慢がまんに我慢を重ねたのだと思う。

 それくらい分かる。家族なのだから......。


「――母さん。昔、一緒に住んでいた柴犬のロコが会いに来てくれたよ。しかも人間の姿で。信じられないだろう? 俺も最初は信じられなかった......でも、間違いなくこいつはロコだよ」


 写真の母さんに話しかける。

 ロコはその様子を、静かに、黙って見守っている。


「俺はまだ一人じゃない。だから、安心して天国で幸せに暮らしてくれよ......」


 仏壇ぶつだんかねを鳴らし、目を閉じる。


「......ぐずっ! ......ぐずんっ!」


 すると後ろから、鼻水を何度もすするような音が聴こえてきた。

 気になって目を開け振り向くと、俺の後ろにいたロコは、子供のように泣きじゃくっていた。

 ぽろぽろ涙をこぼし、何度も声にならない絞り出すような小さな声で『ママさん』と繰り返すロコに、目頭めがしらが熱くなる。

 釣られて涙が零れそうになるのをなんとかこらえ、俺はロコの近くにより、優しく背中をぽんぽんとでた。


「泣いてくれてありがとうな。きっと母さんも喜んでくれてるさ。......まぁ、お前の今のその可愛い姿に、驚きもしているだろうがな」

「......それ、今言うセリフ?」

「......確かに」


 数秒の沈黙後、軽く吹き出して笑う二人。


 母さんの一件があってから、俺は『神様』という存在を、一方的に酷くうらんでいた。

 かけがえのない俺の唯一の『家族』を奪った、ケチでしみったれた奴のことを。

 ――でも、今回だけは感謝してやる。ありがたく思え。この野郎。




「心配性だな〜。家近いから別に平気だって」

「いいや。駄目だ。時間も時間だし、なんかあったらどうすんだよ?」

「大丈夫だって。いざという時は、お姉ちゃん自慢のダッシュで逃げるから。あ、噛みつきでもいいかな☆」

「お〜怖っ!」


 夜も深いこともあり、外はしんと静まり返っている。


 疲労感がただようのサラリーマンと何度かすれ違うが、イヤホンで音楽を聴きながらスマホをいじるのに夢中になっていて、こちらの存在を気にした様子はなかった。

 時間帯が時間帯なだけに、俺と制服姿のロコがやましい関係に見えないかちょっと心配だったが、なんとか大丈夫そうだ。


 話したいことがまだまだ沢山あったが、夜も大分だいぶ遅くなってきたので、一先ひとまず今日のところは解散することにした。

 家は近所だから一人で帰れるとは言っていたが、こんな時間に女子高生を一人で出歩かせるのは、決していい気分はしない。


 本音を言えば、まだロコと話しをしたかったのもある。

 それに彼女が今、どんな家に住んでいるのか興味もあるしな。

 そんな思惑おもわくもあって、俺は帰宅までのボディガードを買って出た。


「仕事が忙しいのは分かるけど、ちゃんと野菜も摂らないとダメだよ? それに今日みたいなおかずが揚げ物だけっていうのも、身体に良くないからね」

「それは分かってるんだけどなぁ。ついやっちまう」


「.........だったらさ、剣真の夕飯、毎日作りに行ってあげようか?」


「――え?」


 一瞬、何を言われたのか理解するのに数秒要した。

 今、毎日夕飯を作りに来てくれると言いました? 目の前のギャルJK姿のロコが!?


「いやいやいや! そいつは嬉しいけど、いくらなんでもそこまでしてもらうわけには――」

「私は全然構わないよ。ていうか私、普段は一人で夕飯食べることが多いから。一人分作ろうが二人分作ろうが大して変わらないし」

「そうなのか?」

「そうだよ。それに、せっかく超久しぶりに剣真と再会できたんだから、まだまだしゃべりたいこといっぱいあるんだよね〜☆」


 上目遣うわめづかいで俺を見つめるロコ。

 月明かりもあってか、俺の瞳にはその姿が妙に色っぽくうつった。

 まさかロコも同じ気持ちだったとはな。

 なら無理に断る理由もない......。


「――分かった。ならよろしくたのむわ。正直、最近冷凍食品とか惣菜そうざいにも飽きてきててな。作ってくれるならマジで助かる」

「了解です!」


 敬礼ポーズをとるロコに、俺は軽く笑みが零れ、吹いた。


「それよりこんな時間だけど、親御さん本当に心配してないのか?」

「大丈夫大丈夫! ウチの親、放任主義ほうにんしゅぎ。放し飼いだから」

「上手いこと言うな」

「でしょ☆」


 ドヤ顔で手を後ろに組んで歩くロコ。 

 いくら放任主義......放し飼いとはいえ、ここまで帰りが遅いと流石さすがに心配すると思うが。

 少なくとも、俺に女子高生の娘がいたら、こんな時間に外を出歩かせたりはしない。

 とはいえ、何かいろいろと家庭の事情があるのだろう。それ以上ロコの今の両親のことを訊くのをやめた。


「――あ、この辺りでいいよ! ウチ、すぐそこだし!」


 そう言ってロコは俺の横から前に飛び出していった。

 その様子を見て、柴犬だった時のロコを思い出した。

 ロコの奴、散歩中に急にダッシュすることよくあったなぁ......。


「いや、でも――」

「じゃあまたね!」


 俺の言葉をさえぎるように、ロコはダッシュで路地に消えていった。


 人間になっても脚の速さは変わらずなようで。

 呆気あっけにとられ、来た道を戻ろうと数歩歩くと、後から何故かロコがダッシュで戻ってきた。


「――ごめん! そういえば今の名前を名乗ってなかったね! 私の今の名前は大志葉加那おおしばかな。大きなこころざしの葉っぱに、加える那覇なは。じゃあおやすみー!」


 ロコ......大志葉加那は、俺に一方的に今の名前を伝えると、またダッシュで路地に消えていった。

 あわてんぼうなところも、どうやらあの頃と変わっていないらしい......。


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