第18話

「ただいまー......!? え、お前..........それどうした......!?」


 玄関を開けてロコを一目見るなり、驚愕きょうがくした。

 彼女の頭には大きく立派なケモノ耳、お尻の辺りからは尻尾しっぽえていた。


「おかえり~☆ へへ~、驚いた?」


 そう言ってケモノ耳が着いたカチューシャをすっと外した。


「......なんだ、おもちゃか......」

「なかなか良くできてるでしょ? 耳だけじゃなくて、尻尾の方もこんな風に動くんだよ。なんでも身体の電気信号? に反応してるとか」


 ロコの手の中で尻尾がクネクネと動いている。

 数年前にSNSで流行っていた子供の玩具おもちゃだまされるなんて、我ながら恥ずかしい。   


「俺はてっきり、ロコが柴犬に前世返ぜんせがえりし始めたのかと思って、一瞬めちゃめちゃあせったぞ......」

「ごめんごめん! これ付けて剣真のこと出迎えたら、どんな反応するかな~と期待しち

ゃって☆」 

「......御覧の通りの反応だ。満足したか?」

「うん! バッチリ! リアクション芸人も真っ青な反応だった!」

「......そいつは、ご期待に添えることができて良かった......」


 俺はようやくここで靴を脱ぎ、部屋の中に入った。

 少し前まで、ロコは昔みたいに俺にガンガン来ているようで、実はちょっと遠慮えんりょしている部分があった。

 本当に細かい部分なのだが、それが俺にはたまらなく気になった。

 けど、今となってはこんな風に俺を驚かせたりして、その壁が徐々に無くなってきてい

るのではないだろうか。

 

「お前、それまだ付けるのか?」 


 余程気に入ったのか、再びケモノ耳の付いたカチューシャを頭に装着していた。


「せっかくだしね。たまにはこういうロコお姉ちゃんもいいでしょ」

「制服エプロン姿に犬耳尻尾いぬみみしっぽ......なんかガールズバーにでも来た気分だな」

剣真けんまは言ったことあるの?」

「まさか。一度もねぇよ」


 職場の年代が近い、一人暮らしの社員なんかは、仕事帰りにたまに複数人でいったりしているらしい。

 以前俺も誘われたことがある。

 が、わざわざお金を払ってまで女性と話す意味が、俺にはどうにも理解できず、断った。


「だよねー。恋愛経験乏しい人はガールバーに行くなんて発想無いもんねー」

「......そういやここ、ペット禁止だったな」

「分かりましたー! 外しますよ、外しますー!」


 ムスッとした表情を浮かべて、ロコは犬耳尻尾の玩具をバタバタと外した。


 彼らがどうしてガールバーに行く理由は、最近なんとなく分かった気がする。

 家に一人でいるのが寂しいのだと思う。   

 唯一の肉親の母さんを亡くし、天涯孤独てんがいこどくになり、ロコと再会して......俺は実感した。


 『家で誰かが待っててくれている』、『「おかえり」と言ってくれる存在がいる』ことが、どれほどあたたかくて、幸せなことかを。


 俺は意を決して、口を開いた。

 

「なぁ、ロコ。お前、今度の日曜日空いてるか?」

「え? 空いてるけど、なんで?」

「良かったら俺とデートしないか?」

「......デデデデデデデート!?」

「悪い。言い方が悪かったな。俺と付き合え」

「つつつつつつ付き合え!? ダメだよ剣真! 私達家族なんだから―」

「そうじゃなくてだな......買い物に一緒に行かないか?」

「......な、なんだ、買い物か......だったら最初からそう言ってよ......私、勘違かんちがいしちゃったじゃん」


 ロコは顔を真っ赤にし、息もえになっていた。 

 さっきの仕返しも含めて俺なりのジョークのつもりで言ったんだけど......少々やり過ぎてしまったようだ。


「......それで、どこに行くの?」

「新宿。新しい服でも買いたいと思ってな」

「いいね~。私も最近新宿行ってないから、久しぶりに行きたいなぁ」

「じゃあ決定でことで」

「オッケー! お姉ちゃんが、剣真にサイコーに似合う服をコーディネートしてあげるから♪」

「......普通のにしてくれよ?」

「それはどうかな~☆ さ、早くご飯ちゃおう♪」


 無事、ロコと今度の日曜日に買い物に行く約束ができた。


 時期的に世間はもうすぐクリスマス。

 おそらく新宿はいつも以上に混んでいるだろう。

 正直あんまり人込みの中に行くのは好きではないけど......ロコの笑顔の為、頑張るか。

 小うるさいJK家族との大切な時間が、今日も平和に過ぎていき、あっという間に約束の日曜日を迎えた。

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