第11話

「最近気になってたんだけど浅田さん......ひょっとして彼女でもできた?」


 バックヤードで合田店ごうだてん営業兼配送えいぎょうけんはいそうに来ている串田くしださんと談笑していると、突然そうたずねられた。

 今日はブーブーうるさい矢代やしろもいなく、平日の午前中で客足が落ち着いている為か、いつも以上に世間話が盛り上がっていた矢先のことだった。


「できてませんよ。なんでですか?」

「いや、以前みたいに顔色良くなってて、あとは笑顔が昔に比べて増えたから。これは彼女でもできたのかなと」


 軽く腕を組みながら、串田さんは疑いの眼差まなざしをこちらに向ける。

 相変わらず相手をよく観察している人だと感心してしまう。


「......彼女ではないですけど、昔の知り合いの女の子がちょいちょい夕飯作りに来てまして......」

「ほら! やっぱり! 男がそうなった時って、だいたい裏に女性の存在があるんだよねぇ」


 何度もうなづき、ニヤニヤとした笑みを浮かべている。


「そんなんじゃないですよ! 本当に家族みたいな奴なんですから」


 俺はかぶりを振って否定したが、串田さんの目が明らかに『またまた〜』と言っている。

 こうなってしまっては、ある程度話すまでは解放してくれそうにないな。

 だが内心、このことを串田さんに話したいという自分もいた。


「......でもまぁ、実際かなり助かってます。最近は夕飯だけじゃなくて、掃除や洗濯までやってくれて......遊びたい年頃のはずなのに、こんなおっさんにかまってくれてありがたいです」

「......なるほど。浅田さんにとって大切な存在であることは間違いないと」

「......ですね」


 この串田さんという人は不思議な人で、驚くほど相手に気持ちよく会話をさせるのが上手い。

 だから俺も、店舗てんぽの仲間に言えないようなプライベートの悩み等は、いつも串田さんに聞いてもらっている。


 歳は俺より15歳上。某夢の国のクマさんみたいな体型と雰囲気だが、腕はがっしりとしていて太い。なにより部下からの人望もある。

 メーカーに無駄に厳しい矢代でさえ、この人の前では大人しくなる。

 職業は違えど、俺の理想の上司は串田さんみたいなタイプだ。

 間違っても矢代みたいな使えない豚上司ではない。


「――それで、その子何歳?」

「へ?」

「今、遊びたい年頃って言ったよね? まさか未成年とかじゃないよね!?」


 しまった。

 年齢だけは言うつもりはなかったのに、つい余計な一言を......。

 思わず口に手を当てるも、時は既に遅かった。

 串田さんの表情のニヤニヤ度が益々増ますますまし、更なる追加情報を欲していることが空気で伝わってくる。


「お二人共、相変わらず仲良しですね」


 そこへタイミング悪いことに、店内を巡回じゅんかいしてきた副店長の天条てんじょうさんがその場に通りかかり、気になったのか俺達に声をかけてきた。

 今日はネイビーのジャケットにパンツスーツ姿と、カッコ良さを重視じゅうししたコーディネートになっている。


「あ、天条さん。聞いて下さいよ。浅田さん、ついに彼女ができたみたいで――」

「だから彼女じゃなくて家族みたいな存在ですって!」

「......へぇ。そうなんですか.........どおりで」


 何が『通りで』なのかは分からない。が、笑顔の副店長の目の奥が、何故か笑っていないように見えるのは気のせいだろうか......。


「......それでお相手の年齢は? 私より年下ですか?」


 貴方あなたもですか。 

 二人してそんなに俺の半同居人の年齢が気になりますか。


「......どうしても言わないと駄――」

「副店長命令です」


 俺が言葉を最後まで言う前に、ハッキリとした口調で副店長はかぶせてきた。

 これはどう考えても職権乱用ではあるが.

.....まぁ、副店長命令ならばせんが無い。

 断って業務に影響が出るよりかはマシな気がする。

 俺は大きく息を吐き出すと、覚悟を決めて口を開いた。


「――副店長より年下です。年齢は..........17歳です」

「おぉ! やるね浅田!」

「......そうですか......年下ですか......浅田さんもやっぱり年下、それも女子高生が好みなんですね.........」


 年齢を聞いてテンションがもう一段階上がる串田さん。

 対照的たいしょうてきに、目を細めて何度も軽く頷き、小さく言葉を発する副店長。

 そんな副店長と目を合わせるのがなんとなく怖くて、俺は視線を床にらす。


「......では、私はこれで。......あ、そうそう。女子高生に手を出して逮捕、だけはやめて下さいね。お店にとって大迷惑ですから」


 今まで聞いたことのないような冷淡れいたんな口調で副店長は警告すると、事務所のある二階の方へと去っていった。


 俺......何か副店長の地雷でも踏んだのだろうか?


「......浅田さん、女子高生が好きなのは分かった。でも、もうちょっと女心おんなごころを勉強した方がいいよ。特に大人のさ」


 鼻を鳴らし、串田さんは何故このようなことになったか理解できていない俺をたしなめた。

 その後二週間、副店長の俺に対する態度が露骨ろこつに冷たかった。

 バックヤードにある冷凍室の中並に。

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