第12話

 仕事を終えて家の前までやってくると、食欲をそそられる、魚の焼ける香ばしい匂いが漂っていた。


「ただいまー」

「あ、おかえりー☆」


 玄関を開けると、制服にエプロン姿のロコが出迎えてくれた。

 今日も腰辺りまで長い髪を、頭の後ろで結んでポニーテールにしている。

 どうやらこれがロコが家事をする時の戦闘スタイルであることを、ようやく最近気づいた。 


「今日の夕飯は焼き魚か?」

「正解! よく分かったね!」

「家の前に着いたらめっちゃいい匂いしたからな」

「今日は焼きじゃけ定食だよ。最近脂っこいものが続いたから、今晩は胃腸に優しいものがいいかな~と思って」


 ロコがウチにやってくるようになってから早一ヶ月。


 料理のレパートリーの多さにも驚いたが、それ以上に食材に関する知識だ。

 例えば今日の夕飯のシャケ。

 シャケには消化を助ける作用があり、油物あぶらもの等で疲れた胃にとってはとても優しい食材だ。

 他にも湿気が多い日はキノコ類を食べた方が良いとか、お前は本当にJKか? というくらい食材が身体に与える効果を知っている。

 スーパーの食品担当の俺も真っ青な豊富ほうふな知識量で、今日も夕飯作ってくれていて本当にありがたい。


「あと待ってる間に洗濯と軽く掃除機もかけておいたから」

「悪い。いつもありがとな」


 最初は夕飯を作ってもらうだけの約束だったのに、気がつけば部屋の掃除や洗濯等の家事全般までやってくれるようになった。

 ロコも学校や勉強で大変なはずなのに、本当に頭が下がる。


「何言ってんの。私が好きでやってることだから。剣真は気にしなくていいの」

「そうか」

「そうなんです〜☆ だから早く着替えてきたら」

「へーい」


 ロコにうながされて俺は着替える為に寝室しんしつへ。

 仕事カバンを寝室のはしっこに投げ置くと、仕事用のスーツからパーカーに下がジャージという組み合わせの部屋着に着替える。

 着替えの最中に何気なくあごを触ると、朝剃あさそったはずのひげがもうだいぶ伸びてきていた。

 俺がその髭を少し気にしながらリビングに戻ると、ロコは首を傾げながら言った。


「どしたの?」

「あぁ......髭伸びるの早いなぁと思ってさ」

「そんな気になるなら剃っちゃえばいいのに」

「いや、そこまで気になるほどじゃ......それに夜は髭を剃らないことにしてんだ。俺の中で髭を剃ることは、一種いっしゅの仕事を始める前にする儀式ぎしきみたいなもんだから」

「ふ~ん。剣真変わってるね」


 少しあきれた表情をロコは浮かべている。

 JKに分かってもらうには無理のある話しか......。 


「男はだいたいそうだと思うぞ。ロコも柴犬だった時は立派な髭が生えてたじゃないか」

「まぁね☆ でも私の髭は剣真達人間の髭と違って、いわゆるセンサーの役割だから。剃っちゃったら大変なことになるし」

「確かにな」


 犬の髭には猫と同じように周囲の情報を読み取るセンサー、触覚の役割があって、これを切ってしまうと平衡感覚へいこうかんかくたもつのに支障ししょうが出たりするので、絶対に切ってはいけない。


「さぁ、いいから早くご飯食べよう! 私もうお腹空いちゃって......」


 ロコはお腹をさすりながら綺麗きれいな瞳でうったえかけてきた。

 焼き魚は焼きたてが一番美味しいのに、これは申し訳ないことをした。


「だな。それじゃ――」

「「いただきます!」」


 二人揃っていただきますを言うと、夕飯を食べながらお互いの今日起きた出来事を談笑だんしょうした。

 ロコは俺が休みの日でも夕飯を作りに来てくれていて、すっかり俺は料理をする機会が減ってしまった。もともと休みの日だけではあったが。


「そういえば剣真って明日は休みだって言ってたよね?」


 夕飯後、キッチンからロコがいつものように湯呑ゆのみにお茶を入れて持ってきてくれた。

 ちなみにロコいわく、食後はコーヒーよりお茶の方が栄養の吸収がいいらしい。


「だな。祝日に休みが取れるなんて、いつ以来だろ」

「......だったらさ、良かったら明日二人で買い物ついでにこのへん散歩しない? 剣真、まだこの辺あまり詳しくないだろうし......どうかな?」


 気をつかっているのか、座布団に座りながら視線を外し、もじもじとした様子で俺からの返答をうかがう。

 休日に家にいても、どうせダラダラと無駄にスマホでネットサーフィンするだけだから別に構わない。

 それに俺よりこの町に詳しいロコが一緒なら、何か新しい発見があるかもしれないしな。


「構わないぞ。ていうかお前、何を今更俺に気を遣ってんだよ」

「だってせっかくの休みの日だからさ。剣真、ゆっくり家で休みたいかなぁって......」


 こいつはこいつなりに俺のことを考えてくれているのか.......JKのくせに、大人に変な気を遣いやがって......。

 

「別にそんな事気にすんな。ロコと一緒に日中を出かけるなんて、俺が土日祝日に休み取れないとまず無理だからなぁ......楽しみだよ」


「剣真......ありがとう!!」

「うおっ!?」


 再会した初日を彷彿ほうふつとさせるように、ロコは俺に勢いよく抱きついた。

 その流れで顔を俺の胸に押し付けてくる。

 柴犬だった前世の時のくせだと思うが、ロコって嬉しいことがあると、なかなかの勢いで抱きついてくる時あるよな......まぁまぁ痛いレベルで。


 俺は胸の痛みと、腰の辺りに当たるロコの柔らかい部分を感じながら、ふとそんなことを思った。

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