第22話

 店内は思っていた以上に若い女の子達でにぎわっていて、もうすぐ四捨五入ししゃごにゅうするとアラサーのおっさんの俺にはなかなか緊張する空間であった。

 洋服のみならず雑貨関係も扱っていて、むしろそちらのコーナーの方が人気なようだった。


 そんな雑貨コーナーに見向きせず、我が家の若い女の子・ロコは、鼻歌交じりに洋服を選んでいた。


「ねぇ、剣真けんま。この服はどう? 私に似合う?」

「あぁ。凄い似合うと思うぞ」


 紫色のワンピースを自分に重ね、ロコはこちらに感想を求める。


「剣真、さっきからそればっかりだね」

「仕方がないだろ。女子の服選ぶの、生まれて初めてなんだから」


 実際のところ、ロコは細くてスタイルも良く、脚もスラっとしていて、どんな洋服もそれなりに着こなしてしまう。

 特に紫やピンク系との相性は、髪色と肌の色と相まって抜群。洋服の種類次第では実年齢以上の妖艶ようえんさも出せると思う。


「そっか、初めてなんだ......私が剣真の初めて、貰っちゃた☆」

「その言い方はやめろ。周りに変な誤解されるだろ」


 上目遣いで俺に色っぽい視線を送る。

 ロコとの関係を誤解されるのは入店前だけで勘弁してくれ。

 

「お前、洋服ばかり見てるけど、雑貨の方はいいのか?」

「雑貨は別にいいかな」

「珍しいな。普通女子高生って、ああいう小物関係好きだろ。学校で友達同士で自慢したりとか」

「そうなんだろうけど......昔からあんまり興味が無いんだよね」


 一瞬、口調に寂しさのようなものを感じたが、俺の気のせいだろうか。


「まぁ、興味が無いなら無理にとは言わないけど」

「それより剣真。今度は剣真が私に最高に似合うコーデを選んでよ」

「マジか?」

「マジです。こういうところで経験積んどかないと、いざ彼女ができてデートする時に苦労するよ」


 また自然な流れで人にぐさっとくるようなセリフを。


「......そういうものか」

「そういうものなの。分かったら私を剣真の彼女だと思って、全力で最高に似合うコーデを選んでよね☆予行練習だと思って」


 仕方がない。ここはロコのあおりに乗ってやるとしますか。

 それに本人が好きな洋服を選ぶのもいいけど、一応俺からのプレゼントだ。一組くらいは俺が選んだ洋服が入っていてもいいのかもしれないな。


「分かった。その変わり、どんなコーデになっても文句は言うなよ?」

「大丈夫。私、剣真のセンスを信じてるから」


 その割には視線が泳いでますけど。

 ロコのことだから、俺をからかってわざとそういう仕草をしている可能性は否定できない。

 そこまでJKにバカにされて黙っていられる、浅田剣真という人間は大人ではない。

 俺はロコを見返すべく、近くにかかっている洋服を片っ端からチェックしていった。



   

        ***




「このお店、SNSの口コミどおり、やっぱり品揃え良いなー。今度は春前に来たいかも」


 紙袋を片手に、ロコは満足した微笑みを浮かべている。

 俺がダメ出し覚悟で選んだ洋服も、意外にもあっさりと喜び、なんだか拍子抜けした。


「お前、最初から俺の選んだ洋服に文句言うつもりなかっただろ?」

「そんなことないよ。剣真が真剣に選んでくれた結果だよ。私もあの組み合わせは、一目見ていいなぁって思ったし」


 ロコは俺の目の前に、今買ったばかりの服が入った紙袋をかかげる。


 ちなみに俺が選んだロコに似合う洋服とは、白に近い薄ピンク色のワンピースに、もこもこした白い帽子の組み合わせ。 

 どことなくケモノちっくな帽子、シンプル過ぎないデザインのワンピースが、ロコのほのかに茶色い肌と、栗色くりいろに近い茶髪を引き立たせてくれていた。

 試着してもらって想像以上の可愛さに驚いたことは、本人には秘密だ。

 

「改めて、プレゼントありがとね。このお礼は絶対返すよ」

「だから別に返さなくていいって。俺はただ、これからもこれまで通りよろしくって言いたかっただけなんだから」


 俺が好きでやったことだと言っているのに......律儀りちぎというか、変な部分がマジメというか。本当、ロコはいい奴だよな。


「それよりお昼どうする? どこか近くのお店に入るか?」

「そうだね......上の階にあるレストランなんてどうかな。勿論もちろん、剣真のおごりで」

「当たり前だろ。今日新宿に誘ったのは俺だからな」

「分かってらっしゃる。行こう☆」


 にししと微笑み、俺の腕を引っ張る。

 レストランのある上の階へはエレベーターでしか行くことができず、俺達は扉の前で次のエレベーターが来るのを談笑しながら待った。


 少し経って、上りのエレベーターに乗ると、目的の階の付近で急に「ガタン!」という音と振動と共に、エレベーターが停止した。 


 中にいる人達は突然のことに動揺し、ざわざわとし始めている。

 誰だって急にエレベーターが止まったら何事だと思う。


 だがその中で、ロコの反応は明らかに過剰、いや、異常なまでの反応をしていた。


「......ロコ? どうした?」


 俺の問いかけにも全く反応せず、顔色は蒼白そうはく

 瞳は焦点しょうてんがあっておらず、呼吸もかなり荒い。  

 つないだ手からは震えが伝わり、明らかに普通ではない状態、パニック状態なのが確認できる。


「......けん......ま?」

「大丈夫......俺がついてるから」


 俺はそっとロコを抱き寄せると、手をぎゅっと握った。


「......うん......」


 小さく呟くと、俺に向かって優しく微笑む。

 こころなしか、ロコの呼吸が少し落ち着いてきたような気がする。


 5分後、俺達が乗ったエレベーターは何の問題もなかったかのように動き出し、目的の階へと到着した。

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