第7話

「お前......なんでここに!?」

「なんでって......ここにいれば、剣真のお出迎えできるじゃん? 今日も玄関前で待ってようかな〜って思ったけど、寒いし。ここならまだあたたかいからいいかな〜って」


 駅の構内で時間帯的に人が多いとはいえ、それでも外と寒さはほとんど大差ない気がするが。

 恐るべし、JK。いや、元・柴犬。


「だとしても、俺が電車通勤じゃなかったらどうするんだよ。それに時間も――」

「その時はその時。私、剣真の為だったら何時いつまでも待てるよ」


 迷いの無い、真っ直ぐで綺麗な瞳で俺を見つめるロコ。

 そこまで言われると、もう何も言い返せなくなってしまう。


「そ、そうか......。んで、今日はどうしたんだ?」

ひどいなぁー! 昨日、剣真の夕飯、これから毎日作りに来てあげるって言ったじゃん!」


 薄茶色うすちゃいろほおをぷく〜とふくらませ、ロコはねた表情になる。

 見ればロコの足元には野菜等が入ったスーパーのビニール袋。

 察するに、どうやら商店街の中にあるスーパーで買ってきた物のようだ。


「悪い悪い。そうだったな」

「昨日は時間も時間だったからお味噌しか選択肢がなかったけど、今日はもっとしっかりした物作るから。期待しててよね♪」

「何を作ってくれるんだ?」

「それはできてからのお楽しみだよー☆ ほら、早く帰ろう!」

「分かったから......そんなに引っ張るなっての」


 俺の腕を引っ張って帰りをうなが

ロコ。

 その姿が、彼女が柴犬だった時のことを彷彿ほうふつとさせ、自然と口角が上がってしまう。


「荷物持ってやるよ」

「このくらい大丈夫」

「ていうか、女子高生に重たい物持たせて、俺だけ手ぶらとか。周りの目が気になるんだよ」

「へぇ......」


 ニヤニヤした表情で、ロコは横目で俺を見る。


「な、なんだよ......」

「別に......。そこまで言うなら、持ってもらおうかな」

「......はいはい」


 鼻を鳴らしてロコから食材の入ったビニール袋を受け取ると、俺達はお互いの家がある商店街の方向へと歩き始めた。


 丁度サラリーマン達の帰宅時間と重なっていることもあり、商店街は買い物客も含めてなかなか混雑こんざつしていて。特に居酒屋なんは金曜日ということあって、いつもより人が多い気がする。


「今日は昨日より帰りがだいぶ早いんだね

「定時上がりだからな。昨日はちょっと特殊だったんだよ」


 まぁ、三元豚上司がごねたせいなんだが。


「そういえば剣真って、何の仕事してるの?」

「仕事か? スーパーの店員だよ」

「へぇ〜! 凄いね!」

「別に凄かねぇって。スーパーの店員って、比較的楽な職業だと思うぞ? そりゃあ、毎日こまめに天気予報やテレビの情報番組チェックして、どうすれば売り上げにつながるのか考えなきゃいけないけど」


 あと『使えない上司の世話もしなければいけない』とも付け加えたかったが、それはやめておいた。

 大の大人がJK相手に仕事のグチを話すのは、なんだかカッコが悪い。


「そんなことないと思うな。ちゃんと自分で働いて、その稼いだお金で日々を生きてる。未成年の私からしたら、充分凄いことだよ」


 ロコは首を横に振ると、大人に憧れているような口調で言った。


「そうか?」

「そうだよ〜。それにスーパーは、『みんなが元気でいる為の、力の源を扱っている場所』っていう感じがして、私は好きだけどなぁ」


 スーパーマーケットに対してその発想はなかった。

 確かに人間だけに限らず、この世の生物は食事をしなければ生きていけない。

 現在いまを、明日を元気に過ごす為に。

 ロコの意外な深い言葉に、俺は思わず感心してしまった。


「......お前って、見かけによらず頭いいんだな」

「見かけによらずは余計だよ! こう見えても私、剣真のお姉ちゃんですから☆」


 自分の腰に手を当て、えっへん! と胸を張るロコ。

 それなりに大きい胸が更に強調され、すれ違った男性サラリーマンが明らかに凝視している。


「......ところで昨日から気になってたんだけど、なんでロコがお姉ちゃん? どう考えても俺の方が年上だろ?」

「あれー! 剣真知らないのー! 犬って人間と比べると成長がめちゃめちゃ早いんだよー。だから私の方が上ってことでお姉ちゃん。OK?」

「どんな理屈だよ」


 ロコらしい理屈な気がして、思わず鼻を鳴らした。

 犬の成長はとにかく早い。特に生まれたばかりの子犬は、人間の年齢に換算すると一年で15歳まで成長する。

 だから私の方が上だと言いたいのだろう。


「まぁ、別にいいけど......。ロコ......じゃなくて加那かなは――」

「ロコでいいよ。そっちの方がしっくりくるし」

「......それじゃあ、ロコ」

「うん! 何?」


 俺が名前を呼ぶと、ロコは嬉しそうに目を細めてにこやかに微笑む。

 今の、人間としての名前がある以上、そっちで読んだ方がいいのか迷ったが。本人がロコでいいというのなら、そうしよう。


「ロコは今、何してるんだ?」

「何してるも何も、見てのとおり女子高生をしております☆」


 我ながらマヌケな質問をしてしまった。

 制服姿のJKに『君は女子高生ですか?』なんて質問、『頭痛が痛い』みたいな感じで恥ずかしい。 


「だよな......学年は?」

「高二だよ。あ、言っておくけど、女子の友達とかは紹介してあげないから」

「残念だったな。俺は女子高生ガキに興味はない」

「言うねー。剣真のくせに」


 からかうようにひじで俺の腰の辺りを小突こづくロコ。


「こら、やめろって。ご両親は何の仕事してるんだ?」

「親は普通に働いてるよ。昨日も言ったけど、二人共帰りが遅いから。夕飯は一人で作って食べることがほとんどなんだ......」


 俺も一人で夕飯を食べるようになってから

気づいたが、家の中で一人でとる食事というのは、なんとも味気あじけなく感じる。

 例えそれがどんなに美味しい料理だったとしても、寂しさの前には無力だ。


「でもこれからは、剣真と一緒に夕飯食べられるから本当に嬉しい☆」

大袈裟おおげさだな」

「大袈裟じゃないよ。どうせ料理を作るなら、やっぱり誰かに食べてほしいじゃん?」

「そういうものか?」

「そういうものなんです〜♪」


 数年ぶりにあった友人と、お互いの近況きんきょうトークをするような雰囲気で会話をしていたら、あっという間に俺の自宅の前まで着いた。

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