第20話


「......相変わらず、凄い人だな。おい」


 西口の改札を出ると、クリスマスを直前に控えた日曜日なだけあって、午前中から駅前は人の波であふれかえっていた。

 人だけでなく車の交通量も多く、新宿に来たことを感じさせるには充分な光景だ。


「私も12月に来るのは初めてだけど、これは......っていうか、私達の周り、何かカップル率高くない?」


 ロコも俺と同じことを思っていた。俺達の周辺は異様いようなまでに若い男女のカップルばかりだった。

 中にはこんな時間帯から公衆の面前めんぜんでイチャイチャ見つめ合っている者たちも。

 実にうらやま......平和なことで。


「――信号の先で何かやってるっぽいね。ほとんどのカップルがそっちに向かって行ってる気がする」


 軽く背伸びして代々木方面を眺める。

 その姿は、柴犬時代の二足歩行している時の姿を彷彿ほうふつとさせて、つい鼻を鳴らしてしまう。

 

「行ってみるか?」


 ロコは頭をぶんぶんと横に振った。


「ううん。興味はあるけど、今日は剣真の洋服を買いに来たんだから。そっちが最優先」


 時間もたっぷりあるので、買い物が終わったらあとで行ってみるのもいいかもしれないな。

 俺の予想が確かならば、ある程度暗くなってから行った方がいい気がするし。


「で、初めは何処に行くの?」

「こっちの方に俺が昔よく行っていた洋服屋があるから、とりあえずそこに行ってみるか」

「オッケー! じゃあ、早速行きますかー」


 弾むような声を上げると同時に、ロコは俺の右の手のひらを握ってきた。

 ひんやりとして、なめらかな感触が俺をドキッとさせる。


「お、おい......」

「これだけ人多いとはぐれちゃうかもしれないじゃん。だからこれは、いわゆるリード代わりってことで。絶対に放したらダメだからね?」


 無防備な笑顔で念を押すロコに、俺は何の反論もできなかった。

 リード代わりとはよく言ったものだ。

 スマホがあるとはいえ、このコンクリートジャングル・新宿でロコとはぐれるのはできれば避けたい。恥ずかしいが、ここはロコの提案に乗るか。

 

「あぁ......分かった」

「やったー☆」


 そう言って肩を俺にぐいぐい寄せてくる。

 ぎなれた化粧水のほのかに甘い匂いが俺の鼻に香り、不思議な安心感を与える。


「でもこれ、歩きにくいな」

「文句言わないの。そんなんだから剣真はいつまで経っても彼女の一人もできないんだよ」

「ほっとけ」

「フフッ。彼女ができた時の予行練習だと思って、今日一日これで過ごしてみようよ」

「ロコが彼女......ねぇ」

「何? 何か不満でも?」


 彼女は手を繋ぎながら彼氏の肩に笑顔で頭突きなんかしないと思うぞ。


 隣でじゃれるロコを適当に受け流しながら、人込みの中をかき分けて進む。

 時折冷たい風が吹くものの、周りの人達が壁になっているおかげで、多少は防げている。

 西口から映画館方面に歩いて5分程の位置に、目当てのお店はある。

 

「――着いたぞ」

「このお店知ってるよ。何年か前にオープンした時、テレビで結構話題になってたよね」


 海外で人気のメンズ向けファストファッションのお店が日本に初出店するということで、当時いろんなメディアで話題になっていた。 


「最近全く名前聞かなくなったけど、まだお店あったんだ」


 ロコはエスカレーターを上りながら一階の売り場を見下ろした。

 何気に酷いこと言うな、この茶髪JKは。


 ロコがそう思うのも無理はない。一時期に比べたら勢いはかなりおとれえたと思う。 

 それでも俺は、このメーカーのデザイン、手頃な価格帯が気に入っていて、年一ペース

だがこうして今でも買いに来ている。

 店舗の最上階の五階まで一気に上ると、俺達は端からゆっくりと見て回り始めた。


「そういえば前から思ってたんだけど、剣真の私服とか部屋着って、チェック柄のものが一つもないよね。なんで?」


 俺が鏡の前で洋服のサイズをチェックしていると、ロコが突然疑問を口にした。


「よく分かったな」

「そりゃあ、毎日剣真のお洋服の洗濯してますから」

「ありがとうございます」

「いえいえ☆ 意図的にチェック柄を避けている感じがしたから、何か理由があるのかな~? って。昔はあんなに毎日チェック柄のお洋服来てたのに」


 ロコの言う昔とは、小学校低学年。

 すなわち母さんが選んだ・買ってきた服を何の文句もなしに来ていた、俺がまだ純粋無垢じゅんすいむくだった時代のこと。

 

「......俺さ、実は中三になるまで、自分で洋服選んで買ったことなかったんだ」

「え? ウソでしょ?」

「ホントもホントだよ。んで、中三の時にクラスの女子二人と俺とクラスの友人二人で、ダブルデートする機会があったんだ」

「ダブルデート!? それで?」


 興奮したように、急に眼の色が変わった。

 今時のJKもやっぱりこういう話題は好きなんだな。


「いつものように母さんが選んだセンスの服でダブルデートにのぞんだら、片方の女子から『浅田君の服、チョーダサい!』って言われちゃってさ。好きになりかけてた子なだけに、俺ショックでさ」


 あの時のことは未だによく覚えている。

 服に無頓着むとんちゃくだった自分が悪いはずなのに、母さんを一方的に恨んだりして......服以前に内面の方が余程カッコ悪かった。


「それから自分で服は選んで買うようになったんだけど。そういう経緯があったから、今も自然とチェック柄の服は避ける傾向けいこうにあるんだよ」

「そっか.......剣真の服のセンス一つとっても、いろんな歴史があるんだね......」


 腕を組みながら頷き、かみしめている。


「ここは約束通り、この現役JKのロコさんが人肌脱ぎましょう。剣真を、私のコーデでダサコーデから解放してあげるね♪」


「宜しく頼む......ダサコーデ言うな」


 それから約一時間。俺はロコの玩具おもちゃ、改め着せ替え人形となり、指示されるがままに様々な洋服を試着した。


 何度も着替えるって、思ったより体力使うのな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る