第18話 色の無い生活
グレースの遺体は全員で話し合い封印する事に決めた。
火葬しようにも強靭な肉体が火を寄せ付けないからだ、それに...いつか戻ってくるかもしれないと言うみんなの思いも込めている。
シルビアにも指示を出しゼロに伝えてもらう。どこかに旅に出ているゼロに告げるのは酷かもしれないが隠し通せることでもない、何より信じたくないのは私自身だ、もうグレースは居ないそんな現実がいつまでも私を苦しめる。
シルビアをゼロの元に向かわせたのもただ一人になりたかったからだ、今の弱った自分を誰にも見せたくない、たとえそれが信頼のおける配下だとしても。
グレースはもう...居ないのだから。振り回されることも無ければ仕事が増える訳でもない...それなのに....。
自分の部屋に閉じ籠り碌に食事も摂っていない、食欲もなく喪失感だけが感情を支配する。
きっとエミールを失った時のグレースも同じ感情だったのだろう、やることなす事がすべて手に付かず、自分自身の事がどこか遠く他人事の様に思えてしまう。これ程の無気力感は感じた事がない...。
あの人の温もりも、もう感じられない...。
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喪失感を抱いているのはマナだけでは無かった。
彼の最初の配下である、ゼルセラ及びフリューゲルも悲嘆に暮れていた。
「ゼル....私達これからどうすればいいのかしら...」
ルノアールもその一人だ。
死と言う概念が無いとまで思われた唯一の主が亡くなり今迄回っていた歯車は全て停止した。誰もゼルセラを責める者は居ない。誰もが自分がその場に居ても無力だったと理解しているからだ。
フリューゲルの中で一番の実力者であるゼルセラがその場に居て何も出来なかったのだから他の者が居たとしても変わらない。
なにより....一番辛いのはその場に居たゼルセラだと全員が理解していたから。
主亡き今、主の後を追い自害しようと考えた者多い、だがそれはゼルセラに止められた。
何しろ亡き主の最後の言葉が自害は禁止だと言う事だったのだ。
唯一の選択肢も封じられた今、私達の思考は完全に停止した。
「ゼル...私達...」
皆が最期に頼ったのがゼルセラだ。普段の彼女なら即座に適切な指示を出し物事を円滑に進める。だが...
「私はキーラ様の元に向かいます」
「私達はどうすれば...」
「もう、私にはわかりません...ご主人様の最後の指示を全うするだけです...」
涙も枯れ果て生気は失われ死んだような表情のゼルセラを見るのは辛い。
冷静沈着な彼女はもう居ない。
その言葉を最後にゼルセラは感情を仕舞い込んだ。
何度声を掛けようと感情の無い機械の様に相手をされた。
ゼルセラは心を護ろうとしたのだ、主人が好きだったであろう優秀な女と言う存在を...判断が鈍り喪失感に苛まれた彼女はかつての彼女ではなくなって行く。それを止めるために心を保護した、心と思考を切り離しこれ以上自分が失われない様に。
そんなゼルセラを真似てほとんどの者が感情を放棄した。
喪失感に耐えられず悲嘆に暮れる毎日に耐えられなかったのだ。
私も今から感情を深くしまい込む。
次に私が思考する時そこに敬愛する主が君臨していると信じて。
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エミールは今の現状を主と相談していた。
「まさか、覇王が死ぬなんて...」
「はい...私もまだ信じられません...」
「でもほんとにあの覇王が死ぬのかしら...」
その言葉を聞き副団長のセシリアは女王に敵意を向けた。
そんなセシリアを宥める、彼女の考えも理解しているからだ。
私達の目の前でグレースは息絶えた。それは紛う事無き事実だ。
セシリアは基本的に私に従い私が従うプランチェスにも従う。だが、その根底にはグレースと言う創造主が居る
主の事を愚弄されれば怒るのも無理もないだろう。
「陛下...それは一体どうゆう事なのでしょうか」
「考えてもみなさい、確かに白黒つけると覇王は言っていた、だけどあの二人は激怒していたわけではないし、止めを刺すほどでは無かったはず...だとすれば何か裏がある気がするのよ...何かの策略...?自分を死んだと思わせる事で反乱分子を炙り出すため...?」
その言葉は納得できる内容だった。
事実、東のインデュランス帝国は動き始め戦争の準備をしていると言う情報が時入っている。
もしこの死が偽装だとしたら...グレースは生きて居てタイミングを伺っている?
「いや...考えすぎかしら...それをするなら、せめて信頼のおける配下の一握りに情報は掴ませているはず....今の覇王領はほぼ死の街だし...活気も全くと言っていいほど無い。まさかそれすらも策...ああぁもう!わからない!どこまでも出来そうだからこそどこまでも想像できちゃう!!」
グレースは不可能を可能とする、死すらも超越した存在だと思っている。
ならばそんなグレースがあっさりと死ぬだろうか、例え魂だけになろうとも肉体を生み出しそれに宿り笑って帰って来そうなものだと...。
彼女らは限りなく真相に近づいたと言える。だが、近いようで遠い結論に落ち着く事になった。
「今は考えてもどうしようもないわ!今は来る帝国軍に対し準備をしないと」
「はっ!!」
考えても仕方がないのだ、それは神々の気まぐれで起きた暇つぶしに他ならないのだから、深い策など張り巡らされている訳ではないのだから。
――――――――――――――――――――――
スカーレットの指示通り東側に冒険に行っているゼロにも覇王臨終の知らせが届いた。
ゼロの冒険パーティーはほとんどが女性で構成されているハーレムパーティーだ勇者であるゼロを筆頭に戦士のマラリア、魔法使いのセティア、盗賊のクスネ、そして回復術師の私エレファント。
その日は帝国の領土を越えた所まで旅をしていた。
今は日も暮れたので山中にテントを張り焚火を起こし夕食の支度をしている、旅の途中で購入した食材を焚火に翳し焼く。
皆はお腹を空かせているので私が焼く肉に釘付けになっている。
その最中、背後からミシッ!っと木を踏んだ音が聞こえる。
食事の支度を一度中断し全員に戦闘態勢に移行する、全員に緊張感が走る中、ゼロ一人だけのんびりと肉をひっくり返している。
「ゼロ様...この敵...私達よりも強く無いですか...?」
「そうだね、みんなじゃ手に余ると思うよ」
木陰から姿を表したのは一人の女性だ。
使用人の姿をしているが、内包している魔力は途轍もない。
銀髪の輝きに負けていない美しく整った顔立ち、この世の者とは思えない美しさを備えたその女に私達はどこかで対抗意識を持っていた。
「この方は...」
「あぁ僕の母さんの所にいるメイドさんだよ」
「ゼロ様の...」
身元が割れた事に全員が安堵した反面不安を覚えたものも多い、ゼロの容姿もかなり優れている、100人に聞けば100人が美男子と答えるだろう、その身内も美しい従者を集めて居るとは思っていたけどゼロが一切出自を話してくれないのだ。
未だにゼロには謎が多い。
名前を名乗る時もゼロとしか答えず家柄の事は一切表には出さない、さらに特殊な魔法も使用するし、なにより圧倒的なステータスだ。
途方もない魔力を持ち聖剣に軽々と認められた。
さらに魔剣にも認められ、様々な神具を所持している、それらを当たり前の様に使用し完璧なまでに使いこなす。
同年代の容姿をしているのにどこか達観した感性をもっており器が大きく滅多な事では動揺しない、不思議な存在だった。
「食べてていいよ、僕はシルビアと少し話をしてくるから」
二人は森の中に消えて行き私達はそこでゼロの帰りを待った。
焼けた肉を食べながら思ったことを話し合う。
「ゼロ様って一体何なんでしょうね...」
「なんだヤキモチか??」
「違いますっ!ただ...あんなに美しい従者の人がいるなんて...」
「確かにあの美貌だしな、それにあれだけ親しければ小さい頃の子守りはあの人だったのかもな」
『ッ!?』
「可能性の話だ!あれだけ強いんだ、ゼロもあの人の事は認めているだろうさ」
「それに比べ私達は...」
弱い訳ではない。
今迄はSランク冒険者と言われ人々から慕われていた。
私達が勇者のパーティーに入るのは当然とまで言われた。
だが...パーティーに入って思った、いや...思い知った。
勇者と呼ばれた男の実力を。
木の枝で戦士を圧倒し無詠唱で最上級魔法を乱発し感知できなくなるまで気配を消し...おまけに私の秘術である部位欠損まで治し死者すら蘇らせることが出来る【神の雫】をいとも簡単に習得し魔物により滅ぼされた村の住民を全員蘇生した...私ですら二人が限界だと言うのに...。
私達はゼロの人柄もあるがその圧倒的な強さに惹かれ旅に賛同している。
ゼロの目標は魔王の討伐だと言う。だが、私が思うに寄り道しすぎだと思うのだ。
本当の目的はどこか別にあるような気がしてならない。
互いに意気消沈し溜息を付いた。その時だった、静かだった森の中から怒鳴り声が聞こえた。
森が騒めきゼロの魔力が溢れ出ている。
激怒しているのだ。あの滅多な事で怒ることの無いゼロが...。
全員が武器を取りゼロの元へと向かう。
そこには使用人の前で膝から崩れ落ちているゼロの姿があった。
「ゼロ!!」
私達がたどり着くとゼロはこちらを一瞥し平静を保とうと立ち上がる。
普段は深い蒼の瞳が今は紅く染まっている。
その魔力の波動を感じた時私達は恐怖した、その波動が魔王のそれを軽く凌駕していたからだ。
深く呼吸をし心を落ち着かせるとゼロの瞳はいつもの蒼い色に戻っていた。
「ごめん、僕は一度家に戻るよ」
「ゼロ様...」
ゼロはそれだけを言い残しどこかに転移してしまった。
置いて行かれた私達と使用人。
「貴方は一体...」
「私はシルビア。ゼロ様の母君であらせられる、スカーレット様の従者です」
「母親....ゼロ様のご両親とは一体どんな方なのですか?!」
「ご子息様が話をされていないのなら私から話すことはありません」
「そんな...」
「ですが...私がこのままあなた達を無下に扱っては私が叱られてしまいます故...付いて来てもらいます」
「ゼロ様は一体どちらに...」
「ノエル王国です」
それだけ言いシルビアは転移魔法を発動した。
瞬間的に視界が切り替わり豪華で巨大な城が目に入る。
その城門に立つゼロが真っ先に目に入った、ゼロもこちらに気付いたのか溜息を付く。
「何故君たちが....あぁ...シルビアが転移させたのか...」
「あの...」
「もうわかっちゃったんでしょ...僕の父親の事について...」
「いえ...お母上様の事ならシルビアさんに教えてもらいました...」
いつになく落ち込んだ表情のゼロは力なく微笑む。
「僕の父親は覇王...グレーステ・シュテルケだよ」
「覇王...」
その言葉に聞き覚えの無い者は居ない。
この一年で何度も聞いてきた。
圧倒的な強さを持ち、強さにして特SSS級人類史上初となるくらいを付けられた冒険者であり、最強の名をほしいままにしている。
それが覇王であり、伝説の存在だった。
それが...父親....。
「それじゃあ僕は行くよ。みんなもここまで来たんだからついて来ると良いよ」
「はい...お供します」
ゼロに連れられ覇王城の中を歩く、所々に天使が立っているが表情は変わらず、坦々と職務をこなしている。
ご子息であるゼロが返ってきたのだからもっと喜んでも良いはずだ。
それなのにゼロの挨拶にも応えない始末だ。
明らかな異常事態にゼロも戸惑う。
「おかしい...フリューゲル達から反応がない...」
何かを考えたゼロは少し急ぎ愛になり玉座の間へと向かった。
大きな扉を開くとそこは広く豪華な椅子が用意されている。
そこに座るのは一人の女性だった。
美しい顔立ちだがその表情は悲しみに落ちまるで生きて居る感じをさせない。
「母さん...今帰ったよ...」
「ゼロ...遅かったわね...」
「父さんの事は本当なの...」
「えぇ...ついて来ると良いわ」
ゼロの後に付き従い玉座の後ろへと向かう。
そこはどうやら隠し部屋になっているようである一定量の魔力が無いと仕掛けを起動する事すら出来ない仕組みになっていると説明があった。
仕掛けを発動させ奥に進むと巨大な紅いクリスタルが見えてくる。
その中には一人の男性が入っており、その胸には巨大な風穴が空いている。
その姿を見るとゼロは膝から崩れ落ち涙を流す。
「父さん...どうして...」
「ゼロ...貴方はもう自由に生きなさい...ここは私がどうにかするわ...」
「母さん...なにか方法があるんじゃ...」
「もう...なにもわからないわ...もう...あなたを支えることも出来ない...だからせめて...シルビアを連れて行きなさい」
「母さん...」
「私はここで待っているわ...あの人が帰ってくるまで...ここで...」
その言葉を最後に一切の応答が無くなった。
「ゼロ様...これからどうするのですか...」
「そんなの...わからないよ...でもあんな母さんは見ていられない...だからどうにか探してみるよ、父さんを蘇らせる方法を...」
そしてゼロの新たなる旅が始まった。長く果ての無い旅に...。
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