第5話 計画の破綻

 獣王国最強たるメキアは覚悟を決めた。

 やがて先に言った仲間達から合図が入るこれは私以外の全員が覇王領内に入ったと言う合図だ。

 私はもう少しこの場で待機し日が沈んだ後に覇王領内に帰宅する事であの規則なら覇王に合う事が出来るだろう。

 始めて感じる恐怖と言う感情に呑まれ体が微かに震えだす。断じて武者震いではない、天使の少女ですらとてつもない力を内包していた。

 この世界の者では決して到達できないであろう領域に至っていると思われる。

 獣王様は私と二人きりの時に真実を話してくれたのだ、実は獣王様とその副官の二人は覇王と敵対はしたくないらしいあの二人は実際の力を目の当たりにし恐れおののいたらしい。

 決して争うべきではない、負けは見えているとあの二人は思っているが幹部連中達が戦争を起こそうとしているらしい。

 獣王様はとても優れた目をお持ちだ、そんな獣王様がそこまでいうのだから覇王とはそれほどの存在なのだろう。

 他の魔王達も覇王に服従している以上化け物なのは間違いない。

 絶対に敵対をしてはいけないとされている最古の魔王メトラ・ソネフティマ。彼女でさえ手も足も出ずに覇王の配下になったという。

 それからもはや伝承でしか聞かされていない超魔王の存在最古の魔王であるメトラ・ソネフティマが知って居ると言うのならきっと本物なのだろう。

 獣王様からは覇王は従う者には慈悲を与えると言われている。

 つまり強さでは理不尽だが、その言動までは理不尽ではないと言う事。

 ただそれだけを信じ日が暮れた後覇王領内に私は帰宅した。


 誰かに会う事も無く部屋に戻る。

 寮は2人で一部屋なので当然私にもパートナーが居る。

 バニステル。兎人族の少女だ。

 性格は元気でちょっぴり不器用で手の掛かる子。

 兎人族は皆覚醒系のスキルの所持者である、彼女もいずれはその系統のスキルが発芽するだろう。

 そんな彼女の顔は曇っていた。

 理由は明白だが、いつも笑顔な彼女が落ち込んでいる姿を見るのはとても辛い。

 彼女に声を掛けようと思うがそれは来客によって阻止される。

最期になるなら何か一言くらい伝えた方がよかったかな...よく転んだりするおっちょこちょいな子だけど...もし可能ならあなただけでも生きて―――


「少しいいかしら...理由は分かってると思うけど...」

「はい...」


 私は最後にバニステルに微笑みを返し部屋を後にした。

 寮母さんの後に続き私は応接室へと入る。

 そこには高価そうな長机に革製の長椅子が置かれていた。

 そして、一人の吸血鬼がマグカップに注がれた紅茶を嗜みながら優雅に寛いでいる寮母さんはその吸血鬼に一礼すると今回の事を説明した。


「そう」


 吸血鬼はそれだけ呟くと真っ赤な瞳を私に向けるそして解析が済んだのか吸血鬼は紅茶を一息に飲み干す。


戦闘用混幻獣バトルキマイラね、貴方。おおよそ学生なんて歳ではないと思うけど頭はまだ子供なようね」


 つまらなそうに紅茶の催促をすると再び吸血鬼は話を始める。


「今回の件...正直私としてはグレースに報告する程ではないと思ってるわ」

「ですが今回は無事に済みましたが...もし仮に不慮の事故などで危険に巻き込まれでもしたら...」


 私を庇うように寮母さんは弁明をする。表情からは焦りが感じられる。

 額に汗を浮かべ必死に弁明をする。だが吸血鬼はその弁明をたいして気に留めていない、残念ながら寮母さんの必死の弁明は空振りに終わる。


「落ち着きなさいマリー。私とて予期せぬ事態ならば早急に対応したでしょう、それこそ貴方から連絡があった瞬間にね。でも私はそれをしなかった...何故だと思う?これは貴方に聞いた方がいいのかしら?」


 寮母さんと話をしていた吸血鬼の深紅の瞳が私を捉える。

 寮母さんは動揺を隠せないでいるが私は酷く冷静だった。

 この場に覇王が来なかった以上...計画は失敗。我々に残るのは...死...。

逃げる事は出来ないしもう既に詰みの状態だ素直に喋ってしまっても問題はないだろう、私が話さなければ他のみんなが拷問などを受ける可能性もある、ならばそれだけは阻止しなければならない、ここですべてを話せば多少でも皆の罪は軽くなると信じて。


「計画的犯行だった...からでしょうか」

「以外に素直なのね」


 私が素直に答えたことに驚く吸血鬼。

 だが、驚いたことに私が計画を話すよりも早く吸血鬼が話を始める。


「規則を破り覇王に会い直接その目で能力の分析と解析を行う、それを国に持ち帰り敵対するか服従するかを判断する。お粗末な物ね。」

「つまりメキアさんは覇王様に楯突くと仰るのですか...?」


 代わりの紅茶を口に含むと吸血鬼は薄く笑う。


「だから落ち着きなさい。この子は見極めに来ただけよ。敵対とかそうゆうのじゃないわ。でも――――気に入らない...」


 その言葉と同時に吸血鬼は魔力を解放した。

 圧倒的な強者の魔力、たかが獣人の寄せ集めの私では遠く及ばない世界の最上に位置する者の覇気。


「獣王国風情がグレースを見極めるですって?それは傲慢が過ぎるんじゃないかしら?!」

「申し訳ありませんでした!!!」


 私は謝罪をする事しかできなかった。

 戦闘行為を始める余地すらない圧倒的な戦力差きっと獣王様も同じ気持ちだったのだろう、この人達には逆らってはいけない本能が最大限警報を鳴らしている、このんなのを体験したら二度と逆らう気なんて起きないだろう。

 私と寮母さんは気圧されその波動が終わるのをただ頭を下げて待つ事しかできなかった。


「ふぅ...これくらいかしら...頭を上げなさい、ちょっと怖い思いをさせちゃったかしら?」

「あ、あの...それはどうゆう...」

「この子は監視されていたのよ、それを欺くには監視元をビビらせるのが一番だわ。実際慌てて監視魔法を切ったみたいだし」


 吸血鬼は優しく笑う、私は監視されていた?そこまで先を見抜いていたと言うの...覇王ではなくこの女性が...。


「制裁を与えたいなら私が直接出向いてもいいのだけど...あなたはどうしたい?」


 そういって吸血鬼は私に決断を迫る...だが私には答えられなかった。

 展開の速さに脳がついて行かなかったのだ。

本国は最初から私を利用し覇王を直接見ようとしていた、つまりは私は只の生贄でしかなかった。忠誠心があったわけではない。だが、恩義は感じている私の裁量一つでこの女性は本国を粛清するだろう...それを私に委ねると言うの?私は―――


「あの...えっと....」


 ――――――――――――――――――――――――――



 マリーから連絡があった後、俺は直接出向こうと思ったがそれはマナに止められた。

 正直俺にはよくわからなかったがマナが張り切っているのですべてを任せる事にした。

 念の為俺は上空からマナの様子を見守った。

 正直ここまで来る必要は無いし覇王城のモニターで見ていた方が遥かに楽だっただろう。

 メキアが部屋に入ってそうそう、マナは何やら怒っている様子。おぉ怖い怖い

 マナが今回の騒動というか計画の全貌を暴いていく。

 なるほどな...俺が行ったら奴らの思う壺だったわけか...。

 どうやら魔力を解放したことで監視系の魔法を消したようなので俺も行っていいのではと思い、自身に完全不可視化の魔法を掛けそっとマナの横に転移した。

 ふむふむと頷きマナの話を聞いていると突然闖入者が現れる。


「大変なんです!!!!起きたらリリィちゃんがどこにも居なくて!!」

「また?トラブル...」

「え?どうゆうことだ?!?!」


 思わず俺は完全不可視化を解除しジルニルに詰め寄った。

 リリィつまり俺の変身体である片割れと言える存在が行方不明だと?!非常にまずい...


「ご!ご主人様!!!」

「ちょっグレース!?来なくていいって言ったのに!!!」


 動揺する他の者達を他所にジルニルに詰め寄る。


「最後にリリィを見たのはいつでどこだ」

「え?でも?あれ?ん??え、えっと3時間くらい前にお部屋で見ました!!」

「そうか...寝てたんじゃないのか?」

「私も一緒に寝てたんですけど...ふと目が覚めた時には居なくなってて...」

「そうか...」


 焦る俺をマナが不思議がる。


「そんなに焦る事?ただの人間でしょ?そんなに焦る事じゃ....」

「ただの人間だと....?」


 俺はマナを力強く睨みつけた。その視線を受けて少し戸惑うマナ。

 人の趣味を馬鹿にするのは許されない。

 それぞれにそれぞれの趣味が合っていいと思うし、たとえマナが食人嗜好者でも俺は受け入れる覚悟はある。多少...引くかもしれないが...。


「待ってろ俺が行く」


 俺は全員にここに残るように告げ部屋を後にした。

 覇王領内に居るとは思われるが俺の魂が宿っていない以上もし仮に何かあった時に大惨事につながる。

 焦る気持ちを抑え俺は夜の街に降り立つ。

 人気が完全にない訳ではない、それこそ夜行性の象徴である吸血鬼などの種族は飲み屋などで酒を飲んでいる。

 適当に街を歩く住民たちに声を掛けリリィの映る写真を見せ心当たりがないかを聞く。

 何人かに聞きようやく足がかりを掴む事が出来た。

 目撃情報を頼りに進み、通りかかる人に聞いていく。


「は、覇王様!!!???」

「この近くをこの子が通ったはずなんだが...」

「たしか...覇王様の妹様と歩いていた様な...」

「そうか...礼を言う!」


 非常にまずい...寄りにもよってシーラにバレたか?

 解析能力に関しては俺よりも遥かに高いシーラであればあれの正体も見抜いてしまうかもしれない...。

 いや...俺がかなりの時間を費やして作った存在だ...シーラにバレてないと思いたい...。


 やがて見えてきたのは見覚えのある後ろ姿だ銀髪のロングストレートの少女とその横には平凡な少女。並んで立つとあまりにもシーラの美しさが際立ってしまう。

 俺が近づくとシーラは察したのかそっと少女に囁く。

 その囁きの後こちらを向く少女。

 俺の元まで少女が来るとシーラはそっと転移する。


「覇王様!!申し訳ありません...迷子になってしまいました...ですが、覇王様に似た人に...あれ?さっきまで...居たんですが...」

「そうか...まぁなにより無事でよかった...」


 迷子?少し自立意志の知能を上昇させないとまずいな...。

 俺は寮に少女を届けた後再びマナの元へと戻った。


 ―――――――――――――――――――


 グレースが突然現れた後グレースはすぐにその場を後にした。

 その行動力には目を見張るものがあるが...世界の頂点に立つ者のすることでは無いと多少の憤りをマナは感じていた。

 ただの人間の少女が行方不明になったからと言って特に支障は無いはずだ。

 死んだ後に死体を回収し蘇生の魔法を掛ければ済む事だし代用ならいくらでも効くだろう。

 だが、グレースはそうしなかった。何か.....裏があるような...。


「あ...あの...さっきの御方は...」

「ん?グレースよ」

「グ...グレース...」


 私が何の気なしに言うとキメラの少女は戸惑った表情を取る。

 その様子にすかさずマリーがフォローに入る。


「あのお方こそがこの世界を統べる覇王グレーステ・シュテルケ様です」

「ッ?!」


 さらに動揺するメキア。

 正直...嫌な気はしない。

 グレースが恐れられたり尊敬されているのを見ると誇りたくなる。その逆に、グレースを試すような真似をされるとつい頭に来てしまう。


「驚くのも無理はないわね、ただの人間の少女を必死になって探すんだもの...王とは思えないわ...」

「そうですか....あの御方が...」

「どう?逆らう気になった?」

「いえ...微塵も...」


 それもそうと一安心。

 良い目を持っているのなら一目でわかる。それほどに圧倒的なグレースの魔力。

 それがわからないほどの愚か者であればあとでグレースに頼み脳を弄ってもらう必要があったがそれは杞憂だったようだ。

グレースを見たうえで敵対するなんてそれは愚か者所業。


「どう思った?私の旦那の事」

「え?旦那?!」

「まぁ知らないのも無理もないか...私は第一妃よ」


 驚くメキアを可愛くも思う。これを秘密兵器にしてるなんて所詮は獣の浅知恵ね...。

 同じ位だった魔王が今はちっぽけな存在だとも思う。

 自慢話をしていると寮内から物音が聞こえる。


「どうやら帰って来たみたいね...相変わらず仕事が早いわね...」

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