第4話 獣人の絆
覇王領。
とても居心地のいい街であった。
住民たちはただの人間となった私にも変わりなく接してくれるし、とても人あたりが良い。
中世の時代に合ったレンガ造りの街並みも非常に見栄えが良く美しい。
街道もしっかりと舗装されているので歩くのもそこまで苦労しない。
そして何より物価が安い。
露店に並ぶ物のほとんどは覇王城で生成された物のため材料費が掛からない。
そのお陰で人件費と多少の原材料程度で収められている。
故に王都で食材を買うよりも格安で購入することが出来るのだ。
覇王である時の莫大な財を使う事が出来ず両親からの仕送りと言う設定で変装をしている以上かなり懐が寒い。
限られた金で生活を強いられている以上馬鹿な買い物は出来ない。
だがしかし、覇王領であればそれも可能。
安い値段で美味しいものを頂ける、これほど嬉しい事はない。
覇王城で生成されたもの以外もかなり安く済ませられている。
その理由も簡単。
一般的に狩りなどでとった獣などの素材はそれを仕事として請け負っている者達が命を懸けて獣を討伐し解体をする事で利益を得ている。
だが、覇王領に住む修羅の住人からしたらこの普通の世界の獣は命を懸ける程ではないのだ。
一般の住民が庭の雑草を取る感覚で獣たちを狩ってくるのだ。
その程度では手数料は発生しない、もしくはかなりお安く提供する事が出来る。
上手い料理を食べ終えた私とジルニルは王都へと戻り寮に帰宅する。
寮に着くと寮母さんであるマリーが小包を持っている所であった。
「あら丁度良かった。今リリィさんのご両親からこちらが」
「ありあとうございます!!なにかな~」
小包を受け取った後私は笑顔を作りジルニルと共に部屋へと戻る。
「ご両親ですか?聞いた事も無いですが....」
扉を閉めた事を確認したジルニルが私に問う。
私の両親は居ない。
だが、カモフラージュの為に偽りの家族を拵えたのだ。
私がこの体を使っていない時、この体は自立行動をとる。
それと同じ仕組みだ。
家族も普通の人間として暮らしている。
念のため覇王領に住まわせているので会いに行こうと思えばいつでも会いに行ける。
カモフラージュも抜かりはない。
ここまでしなければ感の良い者なら見抜いてしまうかも知れないと思ったのだ。
気にしすぎかもしれないがせっかくの女子として生きて居るのだ。邪魔はされたくない。
たったそれだけの事と思うかもしれないがこういった小細工こそが大切なのだ。
「ただの私の眷属けどね...」
「なるほど...偽装工作の一環と言う事ですね!!」
ジルニルの理解が早くて本当に助かる。
他のフリューゲルでもわかってくれたかもしれないがここまで気軽に話ができるのはジルニルだからこそだろう。
「そろそろ寝るよ。今日はちょっと歩き疲れたから」
「そのお体ではお辛くないですか?」
「大丈夫だよ、寝れば疲れはなくなるよ」
はっきり言ってしまうと辛い。
覇王領内をうろうろしただけだと言うのに足がかなり重たい。
重い物も中々持てないし...たまに来る尿意にはイライラする程。
グレースの時は尿意なんて抱いたことが無いので数万年ぶりの尿意に最初は戸惑ってしまった。
しかも男ではなく女の身体。
正直未だに知らないことだらけだ。
ジルニルより一足先に布団に入り目を閉じる。
さて、一旦元の身体に戻るとする。
再び目を開ければ見慣れた光景が広がっている。
どうやら本体も学院から戻り覇王城に居たようだ。
本体に戻ると俺が少女になっていた頃に本体がしていた記憶が脳内に入ってくる。
ふむふむ、どうやら職員会議をしたようだ。
特に重要と言うわけでも無く、今年の新入生の能力値の話し合いだった。
今年はシーラ達が2年に上がり、この学院も俺が学院長に就いて2周年と言う事。
今年1年は特に目立った事はなかった...気がする。
多少の不祥事はシーラやデフォルトが起こしたりしたが概ね大成功だ。
「今日の会議も大したものではなかったわね...もっと面白いイベントとか無いのかしら...」
当たり前の様にマナは俺の玉座の横に専用の椅子を置き座っている。
俺の玉座は覇王の名にふさわしく豪華な装飾ときめ細やかな細工が施されている。
派手なわりに主張しすぎず俺と言うグレーステ・シュテルケと言う一キャラを際立てている。
まさに俺が座って初めてこの玉座は完成するのだ。
それに対しマナの椅子は赤を基調とした黄金の装飾が施されている。
センスはある。
それにマナの見た目や能力にもベストマッチしている。
他の物が座ると違和感が発生するがマナが座るとかなりぴったりと言う印象を受ける。
俺は退屈そうに肘を付きマナの言っていた『面白いイベント』と言う言葉を舌の上で転がす。
闘技大会を開いてもいいが正直俺の変身体であるリリィも参加するとなるとあまり無茶なイベントは出来ない。
全て自分に返ってくるからだ...
ボロを出す訳にはいかない以上戦闘をメインのイベントとしてしまうと手違いでバレてしまう可能性が増えてしまう。
「そういえばミーシャとマーシャには龍種の捕獲を命じたのよね?」
「捕獲と言うよりは龍種の懐柔だな。力でも知識でもなんでもいいからこの世界に5体しか存在しないとされる龍種を集め配下にするそしてその龍種を利用し龍王国を建国することおまけとして竜の捕獲だな」
「そろそろ戻ってくるのかしら...あ、そういえば既に配下にした竜族の子供が新しく作った学院寮で生活する事になったようだけど...あっちは大丈夫かしら...」
「問題ないであろう、何かあればマリーから報告が上がってくるだろうからな」
「あら?噂をすればマリーから連絡が来たわ」
マリーから連絡?マナは脳内で会話をはじめ俺はその姿を隣で眺める。
俺の変身体は今スヤスヤと部屋で寝ているので問題はない。
それ以外にも変わった事は無いようにも思える。
俺が、只の定時報告かと思えばマナは呆れたように溜息を付いた。
溜息を付いた理由に心当たりがあるとすればあの規則だ。
【規則その1 日が沈むまでに覇王領内に居る事】
この緩すぎる規則を守れていないと言う事。
そんなことがあるのか?と考えてみるが初日だから仕方がないだろう...か?
だが、まだ決まったわけではない。初日から厳罰を与えられるような愚行を行うとは思えない。
ましてや魔王達の生徒なら、恐らく魔王にきつく言われているだろうから。
俺は続くマナの言葉に笑みを深くした。
―――――――――――――――――――――――――
「急げ!!このペースじゃ俺たち全員が遅れちまう!!」
その一団は森を駆けていた。
獣王国から人間の領土であるノエル王国までは休憩なしでも1日は掛かる。
だが優れた身体能力を誇る獣人であればそれほどの時間は掛からない。
他の魔王の国の学生との顔合わせが終わった後、獣王国の学生である彼、彼女らは一度獣王国に戻り獣王様に報告をした。
報告内容は簡単な内容だが獣王国の最高幹部である三獣士の方々に必要だと言われたので報告をしにいったのだ。
報告内容は一つ。
覇王の戦力だ。結果は圧倒的と言うほかなかった。
天使はおろか住民でさえ隙が無かったからだ。寮母のマリーですら途轍もない力を内包していた。
溢れる魔力は獣王様をも軽く凌駕している様にも思えた。
恐らくそんなことは無いと思うが天使は別格だ。
圧倒的な強さだと言うのに獣王様に驚きの表情は無かった。
だが、三獣士の方々は酷く動揺し考え込む。
その内容自体を聞き取る事が出来なかったが聞こえて来た単語は【敵対と戦争】
聞き取れた僅かな単語を学生達は話し合いながら帰った。
「戦争なんてありえない確実に負け戦よ...」
学生内で一番の実力者であるメキアは敵対行動に強く反対した。
戦えば負けは確実だ。とまで。
獣人達は顔を合わせて俯く。
「天使は兎も角敵対したら竜族をも敵に回すことになる、それに大鬼族もだ、トップが覇王に付いている居る以上忠誠心の高いあいつらは裏切らないだろう」
学生内で2番目の実力者である獅子のボルジーノは慎重に考える。
メキアが負け戦と言うのだから本当に勝ち目はないのだろう。
全ての獣人の能力を兼ね備えているメキアは恐らく獣王国最強だろう。
技術はともかく魔素量に関しては群を抜いている、だからこそ秘密兵器である彼女がこの計画に組み込まれたのだ。
彼女自身の特殊な目で本物の覇王を見極める。
その為には実際に会うほかないと。
幸運にもそのチャンスを掴むのは驚くほどに簡単だった。
日暮れまでに領内に居なければいいと言うだけの簡単なミッションだ。
だが、同時に悩んでも居た。
獣王様や他の魔王が萎縮するほどの存在がメキアの真意を見抜けないのかと。
上位存在には特殊な目が備わる、思考の読破に能力の看破。
優れた存在であればより奥深くまで見る事が出来るだろう。
もしそうなった場合我らの命と獣王国までが掛かっているのだ。
計画がバレた場合即座に死に至ることになるだろう。
仮に覇王に殺されなかったとしても獣王国の上層部が許すことは無いだろう。
メキアはこの計画を聞いた時から絶望に染まったような顔をしていた。
その真意を聞いた事は無いが優れた目を持つ彼女ならきっと気付いていたのだろう。
覇王に会う最後の選択肢を選ぶ時が訪れた。
途中で急いだお陰で普通に行けば日暮れまでには覇王領内に入る事が出来るだろう。
だが、覇王に直接会うためにはこの規則を破る必要がある。
会うのはメキアの一人だけでいい。だが...
「覚悟はできてんのか?」
狼の獣人であるジーセットは彼女に問う。
獣王国最強秘密兵器として生み出された彼女は死の覚悟をしたことが無かった。
というより、する必要が無かったのだ。
自らの命に危険を及ぼす存在は居ないとそう思っていたのだ。
「覚悟....出来ないですよ」
俺の覚悟はできていた。
誇り高き獅子として。もし仮にメキアが覇王に殺された場合たとえ命を亡くすことになろうとも最後まで戦うと。
他の者達も同じだ。
ここ数ヶ月間の間、獣王国で共に過ごしてきたかけがえのない仲間達だ。
最初は冷酷な存在だと思っていたが言いたいことは素直に言う彼女に皆親しみを覚えていた。
獣王国の民は彼女の存在を知りもしないし、上層部は彼女をただの兵器としか思っていないだろう。
だが、俺たちには絆が芽生えつつあった。
今はそれが裏目に出る。
遺志を継ぎ最後まで戦う派閥と、メキアには死んでほしくないと言う者達だ。
俺とて死なずに済めばいいと思っている、最悪の場合メキアの為に覇王に助けを求めることだって視野に入れている。
覇王が俺たちを見限るなら俺たちは獣王国の兵士として覇王に戦いを挑む。
獣王国が俺たちを見限った場合、俺たちは覇王の庇護下に入る。
もし仮に両方から見限られた場合俺たちに待つのは【死】のみだ。
覚悟を決める為にメキアは瞳を閉じ大きく息を吸いそして吐く。
瞳を開いた彼女には決意の炎が宿って言うように見えた。
それを見てどこか安心した俺は他の者達の先を急ぐように伝えた。
「これだけ渡しとくね」
「こ、これは...」
犬の獣人であるルイが何かを渡すとメキアの返事を聞かずに先へ行ってしまった。
他の者は先に行き俺とメキアだけがその場に残った。
「覚悟はできたのだな」
「死ぬつもりはないですよ」
思わず笑みが込み上げる。
メキアは死ぬ覚悟ではなく生き抜く覚悟をしたのだ。
勝手に死ぬ覚悟をした自分を情けなく思う。
俺は笑いメキアに拳を付きだした。
「お父様....獣王様に似てきましたね」
その言葉と同時にお互いの決意をぶつけ合う。
俺はメキアに背中を向け先に行った仲間達の背を追って行った。
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