第17話 緊急捜索!

 スカーレットは今、自分に持てるすべてを掛けてグレースとカオスを捜索していた。

 二ヶ月の間、異次元を探し続けているがどれも外ればかりであり、進展は感じられなかった。

 だが、つい先日エミールが消息を絶ったのだ、それも一人で。

 確実にグレースを見つけたのだとスカーレットは思っていた。

 戻る事が出来なくなったのか戻らなくても良いと思っているのか定かではないが、今のエミールが負けるとは思っていない。

 ならば帰って来ない理由は一つしか思い当たらない。私だってゼルセラよりも先に見つけられたら隠しておく自信がある。


「ゼル!そっちはどう?多少でも感じられたかしら」

「いいえ微塵も...そっちは?」

「駄目ね...」

「ご主人様の魔力なら例え次元を越えようとも感じられると思っていたんだけど...」

「創造主の位置くらいわからないの?」

「それを言うなら愛人なんですから、位置くらいわからないんですかぁ?」

「はぁ?」「あ?」


 いつもこうだ...ゼルセラとは直ぐに険悪なムードになってしまう、グレースは「仲良くて良いじゃないか」とか言ってたけど断じてそれは無い。

 これは名誉を守る争いなのだ!!ゼルセラにだけは負けられない!!


「眷属でもわからないのかしら...シルビア、貴女の方はどう?」

「だめです、感知できません」

「デフォルト!もう少し確率を良くして欲しいんだけど」

「無理なのだ!!!これ以上は魔力も持たないしそもそも上限なのだ!!」


 辛そうなデフォルトの表情で既にそれは理解していた。

 最初にデフォルトも言っていたが、グレースの眷属のステータスが異様に高いせいで確率操作に上限があるのだ。

 それでも魔力が続かないとこちらも困ってしまう、ならば、私の魔力を貸せばいい幸いにも私の魔力は減らないのだから。


「私の魔力を使って、せめて確率だけは維持してほしいの」

「わかったのだ!もう少し確率上げられるか我輩も試してみるのだ!!」


 状況は思わしくない。

 何故私達がここまで必死に、心配する必要なんて皆無なあいつらを探さなければならないのか...。考えても不思議に思う、私達があの二人を心配する必要はないのだから。

 なんども捜索を打ち切ろうとしたがゼルセラがグレースの元に辿り着いたとなると今後確実にマウントを取られることになる。

 ゼルセラに負ける事以上に嫌な事は考えられない。


「強大な魔力反応を確認!!これは...団長です!」

「本当でござるか!?」


 セシリアとストリアから聞こえてくる会話に全員が釘付けになる。

 私もその一人だ。

 エミールが見つかったのなら話は早い。早速全員でエミールの元に転移門を開き次元を超越した。


 そこには何もなく広大な荒地が広がっているだけの空間だった。

 そこに佇むのは桃色の髪と深紅のマントが靡き純白の鎧が輝きを見せるエミールだった。

 エミールはこちらに気がつくと振り返り安心した様に笑う。


「マナ...よかった来てくれたのね...」

「ここにグレースが居るんじゃないの?」

「わからない...でもここから微かに魔力を感じたの...」


 確かに感じるグレースの魔力、きっと離れているだけでここの次元に居るのだろう。

 だが、見つけられていない様で、未だに捜索が終わらない。

 微かに魔力反応があるのは東の方角だ。ならばここは...。


「ゼルセラは西を捜索して欲しい、私とエミールで東を捜索するわ」

「お待ちを。私とエミール様で東に向かい、貴女は西に向かってください」

「なんですって?」「何か文句でも?」


 再び険悪ムードに突入した私とゼルセラを宥める様にエミールとキーラが私達の間に入る。


「もうゼルさんはいつもスカーレットさんと喧嘩して...兄様はきっとこんなの望んでないよ...」

「妹様...申し訳ありません...今はそのような時ではありませんでしたね...」


「いいわよマナ!貴女とゼルセラで東、私とキーラちゃんで西に行くから」

「エミール...任せて!ゼルセラよりも先に私が見つけてやるわ!」

「そういう事を言ってるんじゃないんだけど...」


 エミールの後押しもありこの勝負、負けるに負けられない戦いとなった。


「ゼルセラ!勝負よどっちが早く見つけ出せるか!」

「私のスピードに挑むなんていい度胸ですね」

「あまり自分を過信しすぎない事ね」

「過信?ご主人様の剣の魔力を吸い取った人は言う事が違いますね」

「なんですって?」「気に障りましたか?(笑)」


「こら!二人とも!!早く行きなさい!!」


 エミ―ルの言葉を合図にゼルセラは物凄いスピードでその場を去った。


「ちょっとマナ!何やってるのよ、ゼルセラ行っちゃったじゃない!」

「エミール。私なら大丈夫よ、こういうのは頭を使わないとね」


 不敵に笑い影移動を発動させる。

 目標は勿論ゼルセラだ。ゼルセラの影に入り込み連れて行ってもらう、まず真面に勝負をしたとしたらゼルセラの方が早い、それは自分でも重々理解している。

 勝ち誇った笑みを浮かべゼルセラと共に移動しグレースの魔力反応を探す。

 こちらの読み通り次第に魔力反応は大きくなり恐らく剣戟と思われる風圧がゼルセラに圧し掛かり若干のスピードダウンを感じさせる。

 早くしなさいよ、と愚痴を零しながら影の中で寛いで居るとゼルセラが突然急停止する。

 どうやら着いたようだ。


 悠然と影から飛び出しゼルセラを嗤う。


「移動ご苦労様」

「止まりなさい!!」


 混乱する私の脳を置き去りにしゼルセラは私の手を引く。


「いきなり何するのよ、利用してた事なら謝るけど」

「それに関しては最初から気付いていました。それよりも、この先は危険です」

「危険??どうゆう意味よ」


 ゼルセラは深い溜息をつくと自分の羽を一枚取り少し前に吹いて飛ばした。

 先程ゼルセラが私の手を引いた箇所を進むと羽は一瞬にして細切れになった。


「ここから先はご主人様の射程圏内のようです」

「射程圏内って...どこにも居ないわよ...」

「入れば防御不可、視認不可、回避不可の斬撃に襲われる事になりますよ」

「任せなさい、ここは私が見てあげるわ」


 私がグレースの剣である、刃皇の魔力を吸った事で、視認は可能になったのだ、なので能力を解放すれば見ることは出来る。

 能力の解放と同時私の前に真っ赤な壁が聳え立つ。


「見えましたか?踏み入りたければどうぞ、見える程度で進めるならそれほど厄介な効果ではありません、真に恐ろしいのは回避が不可能と言う事です。私の場合、斬撃が見える訳ではありませんが、未来攻撃予測で導き出される軌道が途轍もないのです」

「こんなの...」


 微生物すら存続が許されない至高の領域。

 この荒野が元々は生命で溢れていたと言われれば理解できる、この領域の中では例え微生物ですら命は尽きる。

 そんな理不尽な領域内を悠然に歩きこちらに向かってくる影が存在する。


「お二人とも、随分とここに来るまでに時間が掛かりましたね」

「シーラちゃん...」「シーラ様...」

「他のみなさんもここに呼ぶとしましょう」


 そう言うと、この次元に来ていた全員が一瞬で集められた。

 グレースの眷属達は勿論、デフォルトやエミールも居る。


「さぁ、向かいましょうか」

「向かうって...この中を行くの?」


 引き攣った顔を浮かべる私とゼルセラ。

 他の者達は気付く手段すらないが、見えるからこそ恐怖が存在する。

 見えなければ私もうまく歩き進めたかもしれない...。


「ご安心を、周囲には私が結界を張っているので、この結界内にいる間は安全です、もし仮に、外に出た場合は命の保証はできかねますが」


 そんな説明で誰がついて行くと言うのか...

 ここで私だけが、怖気づき同行拒否してしまえば正妻の座が危うい....。

 ならば、ここは意を決して進むしかない。


「えぇ...い、行きましょう」

「その調子です」


 シーラ¥から励ましの言葉を貰い多少の勇気が沸く。

 いや、グレースの半身であるシーラが言うのだから本当にこの中ならば安全なのだろう。

 はみ出した時の事を考え思わず固唾を飲む。


 同行する者達にも緊張が走る、約一名緊張感のない者も居るが...デフォルトは例外だろう。

 少しの間歩き続け未だに止まない剣戟の音と風圧に対しシーラに尋ねる。


「これ...どれくらい戦ってたの?」

「この異次元は時空間操作が行われており、【時空の狭間】程ではないにしろ時間の拡張が施されています、それを考慮すると―――――5万年程でしょうか」


 シーラが何気なく言った言葉にもれなく全員が絶句状態だ。


「このレベルの戦いを5万年も...」

「そもそものHPが膨大ですからね、ですが、もうじき決着かと...」


 決着と言う言葉が気になるが、私達はその戦いをただ眺めることしかできない。


「覇王様の剣と打ち合える剣があるなんて...」

「あれはカオスがお兄様の剣を参考に作った【混沌之死剣カオスデスソード】です」


 その戦いに私達は釘付けになっていた、この世界の天上の戦い。それは神々しく、それでいてなんて楽しそうに笑うのかと。

 楽しそうに戦うグレースとカオス。私もいつか...誰もがそう思っただろう。

 カオスと同じくらいの強さがあれば楽しくグレースと遊べるのだから、普段戦うとなれば私達では常に試練ならざる死練となる。

 試すための闘いではなく死ぬかもしれない練習になる、私達からしたら成長するいい機会なので楽しいかもしれないが、グレースとしては退屈な時間だろう。

 だが、そんなグレースも今この時だけは戦いを楽しいものと感じ笑っている。

 【対等な存在】それがとても羨ましかった。


 互いに満身創痍になり、滅多に見ない肩で呼吸をする二人の姿。


「流石に疲れたな...」

「我輩もだ、そろそろ終わりにするか...」

「あぁ俺もそう思っていた所だ」


「行くぞカオス!!」

「来い!!グレース!!」


 全身全霊を込め魔力を解放する二人は激しくぶつかりあい―――閃光。


 光が収まった後あれだけあった斬撃はなくなっていた。

 それどころか、グレースの魔力も感じ取れるくらいには弱りカオスの剣と鎧は粉々に消え去る。

 シーラもいつの間にか結界を解除していたが斬撃が収まった以上、結界を張る必要がなくなったのだろう。

 こんなに魔力を消費して...いつもやりすぎるんだから...。


 私の言葉が現実ならどれほどよかったことか...。


 グレースが放った最後の攻撃を真面に受けたカオスの身体には風穴が空き顔の半分が消し飛び鮮血は絶え間なく溢れ雨となり降り注ぐ。

 勝者はグレースかと思ったが...グレースは地に膝を付き俯いたままだった。

 よく見ればカオスと同じように腹に風穴が空き顔は血まみれになり足元には血溜まりが出来ていた。

 混乱する思考よりも先に体が動いていた。

 咄嗟にグレースの元まで走りその身体を支える。

 いつになく弱々しい瞳のグレースはカオスに手を翳し魔法を発動させているが、心臓部に穴が開いてる今現在、上手く魔法が発動していない。


「カ...オス...」

「治癒魔法!!ゼルセラ!!治癒!!」


 グレースの魔力は弱って行く一方だ。現実を受け止められずに居るゼルセラに声を掛け魔法を発動させる。

 各々が持てる手段をもって回復に当たるが状況は良くならない。

 私達では....グレースの膨大なHPを回復させることは出来ない...。

 今程自分の無力さを嘆いた事はない。どうして自分にはもっとチカラが無いのか...もっと強ければ助けられるかもしれないのに...。


「シーラ...シーラ様なら!!」


 ゼルセラの呟きに全員が振り返るが...シーラの身体は既に薄くなりキーラの腕に抱かれている。


「シー...ラ...あと...の事は任せ...るお...れは...カオ...スを..」


 最期の力を振り絞りグレースは魔法を発動させカオスの肉体はどこかに消える。

 その魔法を最後にグレースは私の腕の中で息絶えた。


「嫌....イヤァァァァァァ!!!」


 何も考えられない。

 貴方が居ないとこんな世界...。


「いいですか...私のマスターでありお兄様の最後の言葉をみなさんに伝えます。

 もうあまり時間がないので静かに聞いてください。

 ゼルセラ―――自害は許さん。振り回してばっかりだったが、これからはお前の意志で生きろ。

 マナ―――お前にはいつも苦労を掛けてたな...許せとは言わん、もし俺が転生することがあれば、その時にでも叱ってくれ、その時は全てを受け入れよう。

 メトラ―――デフォルトを支えてやれ、お前の頭脳があればどうとでもなるはずだ、俺の仲間を自由に頼るいい。

 デフォルト―――お前ならいつか高見に登れるはずだ。いつか上ってこい、お前の可能性に限界は無い。

 エミール―――・・・・・・・・・うん。

 眷属達よ―――これまで以上に頑張ってもらう事になったな、頼んだぞ。それからシルビア...ゼロの事は頼んだぞ。

 キーラ...お兄様からあなたに送る言葉は聞けませんでした...なのでお兄様に代わり私から貴女に言葉を捧げます。

 キーラ―――何もしてあげられない駄目な姉だったけど...最後にこれをあげます、このブローチを大切に持っていなさい。それがあれば私達はいつでも近くに居ます。私とお兄様は貴女を愛してます。」


 その言葉を最後にシーラは消え、何事も無かったかのように静まり返る荒野にすすり泣く声だけが木霊する。

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