第19話 欺く者

 さてと、計画は成功だな。

 思ったよりも皆、俺とカオスが死んだことを信じている様だ。

 何故こんな事をしたかと言うと...それは少し前の話になる。


 カオスが俺の刃皇を真似て作った剣との戦闘が始まり互いにHPを減らしていた。

 そもそも俺の刃皇の付属効果の一つである【視認不可】は同じスキルを所有していれば防げる、さらに【回避不可】も視認が出来れば無理な話ではない、その代わりそれなりのステータスも必要になるが...俺とカオスではそれも無い。

【防御不可】に関しても、同じクオリティの武器さえあれば防げるのだ。

 なので、俺とカオスの勝負は決着が付かない、お互い薄々気付いていたが楽しさが勝りやめるにやめられない。

 剣戟の最中、俺はカオスの呟きを思いだした。


 ―――我輩と共に死んでくれ。


 互いに死の概念が無いと思っていた。

 例え俺が死んで魂だけになろうとも、シーラが俺を蘇生する術式を既に組んであるのだ、つまり...仮に死んだとしても即座に蘇生魔法が発動するので完全に死ぬ事は無い、例え俺やカオスが死を望んだとしても、寂しがりのシーラが俺達の死を許す事はないのだ。

 シーラがこの戦いを観戦している理由はそれだろう。

 即座に魔法で補助できなかった部分を補うために待機しているのだ。


 それを鑑みればカオスの言っている事の本質はそこにはない、本当の意味での死ではなく仮初の死、何を企むつもりなのだろうか。

 剣戟の最中俺はカオスにそれを訪ねた、するとカオスは楽しそうに答える。


「我輩とお前が死んだら他の者達はどうなると思う?」

「あいつらは俺が思っているよりも優秀だからな、俺達が死んだとしても死を乗り越え未来を目指すと俺は信じているぞ」

「我輩はそうは思わんぞ、ゼルセラなんて良い例だろ?気配を消しただけで動揺するんだ、お前の死を目の前で見れば嫌でも信じるんじゃないか?」

「マナだって居るんだしそうはならないだろ、二人で協力して俺を蘇らせる方法を探すんじゃないのか?」

「なら、それすらも無理だと分かってしまったらどうだ?本当に生きていけるか?」

「あいつらの心は強い。それは俺が良く知っている、俺なんぞの死で揺らぐほどあいつらは軟じゃないぞ」

「なら賭けてみるか?我輩とお前が死に蘇生すらも叶わぬとなったらどのような道を進むか...」

「いいだろう、要するに...高度な死んだふりをすればいいのだろう?」

「流石グレース。話が早いな。筋書きはこうだ」


 カオスが提案した筋書きはあまりにも良く出来たものだった。

 マナ達が俺達を見つけた後もしばらく戦闘を続け、お互いが満身創痍を装う、その後最期の必殺技をお互い放つそして相打ちを装い倒れる。


「お前は顔を消し飛ばす事できるか?」

「俺はただの人間だぞ...神人のお前はできるかもしれんが、普通の人間は顔が潰れたら死ぬ...心臓と魂の位置くらいなら移動させれるが...」

「魂の位置を変えるなんて我輩は出来ないぞ?」

(そこは私にお任せを、お兄様の死は私が完全に再現して見せましょう)


 俺とカオスの話に割り込むシーラ、正直助かる。俺だけでは不安な要素がいくつもあるからだ。


「シーラ...では任せる」

「ずるい...我輩も任せるぞ」

(はい、お任せを、より高度な偽装の為にカオスの顔と心臓部に風穴を開けますがよろしいですね、それとお兄様は心臓だけに風穴を開けます、普通の人間は心臓を潰せば魔法は使えなくなるので信憑性は高くなるでしょう。それと...お兄様は皆への最後の言葉をお考え下さい)


 流石に自分の身体に風穴が開くのはいい気分ではない、だが信じやすいのは事実なので理解はできる。


「我輩の身体に風穴...う...うむ...」

「最後の言葉か...キーラも騙すとなると心が痛くなるな...」

(でしたら...キーラだけは協力者としましょう、私達の死後、こっそりと合流し計画に参加してもらいましょう)

「うむ、我輩はそれでも構わない」

「よし...そろそろマナ達も来る頃だろう...始めるか」


 そこから先は知っての通りだ。

 俺は息を引き取る演技の直前に魂と共にとある少女の肉体へと戻った。



 そして俺は今、勇者の旅立ちを見送るパレードに参列している。

 自分の息子である、ゼロを一人の少女として見送るのはとても複雑な気持ちだ。

 父親としては嬉しくて仕方がない、あいつはあいつでハーレムを築いているようで安心した、その反面羨ましい気持ちが沸いた。

 市民に紛れる様に手を振り「勇者様ーーー!!!」と黄色い声援を飛ばす。


「楽しそうだな」


 背後で突然声が聞こえ振り向くとそこには赤髪の少女が呆れた様な表情をして私を見ていた。

 服も来ているし、目は普通の色だ、魔力も人並みであり、魂も別物だ。

 それなのに...こいつはカオスなんじゃないかと思ってしまう。

 いや...事実、こいつはカオスなのだろう。


「え?初対面だよね?」

「ふん、とぼけるか...」


 やはりこいつは気付いている。

 そして俺も確信を得た。こいつはカオスで間違無い。


「私の【混沌之神眼カオスアイ】を欺けるとでも思っているのか?」

「ぐぬぬ...ならひとまず、寮に戻るわよ」

「良くなりきって居るな」


 正直、恥ずかしいのでやめてもらいたい。

 せっかく一少女として生活をしているのにそれをなりきりとか言われれば流石に恥ずかしい。

 というより、カオスが普通の少女になり普通にかわいいのも原因だろう。

 自分の正体を知っているうえで接しているのだから...カオスからすればこの程度、高度な女装に他ならない。擬態だと言っても信じて貰えないだろう。

 まぁ、普段からこうして遊んでいる事がバレていないだけ良い方だ。

 一度カオスを連れて寮へと戻りキーラやシーラと合流し今の状況の照らし合わせを行う。

 キーラには生きて居ることを伝えてはいない、その代わりにシーラが渡したブローチに魔力を流せば俺達の元に転移することが可能になる、それを理解さえすれば俺達との合流は容易い、最悪の場合、シーラがこっそり囁くという計画になっている。

 部屋に戻るとフリューゲルのジルニルが表情の抜け落ちた状態でフリーズしている。


「ただいま~ジルちゃんちょっと友達も居るんだけど~」

「はい。構いません。ではお茶をお入れいたします」


 無機質なジルニルに戸惑いを覚える。普段もお茶入れるだろうけどこんなに畏まった言い方はしない、それこそ最近では非常にフランクな会話ができる様にまでなった。そんなジルニルが初期のフリューゲルの様な話し方をしている。普段のフリューゲル達を見ているカオスはその眼で心を覗く。


「ふむ、どうやらお前の死が原因で心を閉ざしているみたいだぞ」

「そのようだな...俺は自分の意志で生きる事を強調して伝えたんだがな...」

「なら賭けは我輩の勝ちだな、やはりお前の配下はお前無しでは生きていけんのだ。精進が足らんな」

「嬉しい反面...少しショックだな...」

「何故だ?お前を必要としているのだぞ?喜ばしい事ではないか?」

「親としては自立して欲しいものさ。ゼロはなにか決意して旅立って行っただろ」

「今のお前はわからんかもしれんが、我輩が見た所、お前の息子はお前を生き返らせる為に旅に出たぞ?」


 そうなのか...俺の死を乗り越えた訳ではないのか....

 まぁそれよりも...今はジルニルの心を解放するとしよう...。

 ほぼ同じくらいの身長のジルニルの頭に手を翳し心の奥底にしまわれた感情を呼び起こす。

 俺の作った肉体からそれを解放するくらいは雑作もない事だ。

 感情を取り戻しいつもの表情になったジルニルは一度こちらを見ると俯いてしまった。


「ジルちゃん?」

「リリィちゃん...起こさないでよ...もうご主人様は居ないんだから...」


 明らかに落ち込んでおり再び感情を閉ざそうとする。

 まったく世話の掛かる子達だ...。


「ジル!俺は自分の意思で生きろと言ったはずだぞ」


 突然の俺の声に驚き俺を必死で見つめる。だが、俺は未だに少女の姿なのでジルニルの脳に負荷が掛かりショート寸前まで陥る。


「リリ...もしかして...ご、ご主人様ですか!?」


 翳していた手をそのまま下ろし軽く撫でる。するとジルニルは大粒の涙を浮かべ俺の身体を強く抱きしめてくる。


「手の掛かる子...」

「だってぇ...ゼル様もスカーレット様も...みんな...みんな...ご主人様はもう居ないって...!」

「あいつらも信じてるのか....ん?そろそろキーラとシーラもここに来るみたいだぞ」

「妹様達がですか?」


 理由を答えるより先に二人が転移してきたので説明を止め、キーラ達を迎える。


「兄様...よかった...」

「なんだ、キーラも信じてたのか?」

「ううん。だって兄様は昔俺は死なないって言ってたから...でも...心配で...カオスちゃんとも繋がり感じられなくなっちゃったし...何度声かけて見ても反応ないし...」


 その言葉に動揺する赤髪の少女。

 目を逸らし挙動不審な態度を取る少女に不思議がるキーラ。

 慈母の様な微笑みを浮かべ赤髪の少女に近づく。

 何が怖いってその目だ。たしかに一見笑っている様に見える、ただ瞳の奥は絶対に笑っていない。冷や汗をだらだらと流し尋常じゃない動揺を見せる赤髪の少女。


「ねぇ貴女。カオスって子を知らないかな探してるんだけど...」

「わがっ私は知らないぞ」

「そっかぁ...素直に出てきてくれればよかったけど...そっか...じゃあお仕置きだね....」


 最後の言葉に深い笑みを浮かべ目の輝きが一層深くなる。

 その言葉に気圧される様にカオスは地に頭を付け許しを請う。俺ですら初めて見る姿に驚きを隠せない。


「許してくれキーラ!!我輩は隠し事をするつもりじゃなかったんだ!!この通りだ!!」

「前に約束したよね...隠し事はしないって...それに今だってそう...どうして知らないって言ったの...私相手に隠し通せると思ったの?」

「す、すまな...すいませんでした」


 既に威厳も何もない。

 あるとすれば完全な主従関係くらいだろう。

 憐みすらも感じるカオスの綺麗な土下座、普段の言動からは想像すらもできないその姿に同格の存在として思う所もある。

 俺の最高の好敵手ライバルの土下座している姿なんてはっきり言って見たくはない。俺はこいつと対等なのかと思うと....とてもとても...。


「キーラ、今他の者達はどうしてる」

「みんな落ち込んじゃってる...ゼルさん感情を捨てちゃったみたいで...【時空の狭間】のNPCみたいだよ...」

「あいつもか...」

「ゼルさんには教えないの?」

「いや、ゼルがこの後どのような対応を取るのかも気になっている、マナの指示で動くのか...それとも自分の意志で動くか...そういえば、マナはどうだ?」

「スカーレットさんも駄目だよ...他の子達よりも重症...もう塞ぎ込んじゃって玉座の間に隠し部屋まで作ってその中に閉じ籠っちゃってる」

「強い女だと思っていたんだが...そこまでか...」


 キーラの言葉に勝ち誇った様な表情をするカオス。


「我輩の言った通りになったな。皆お前に依存している」

「今回は俺の負けだ...」


 何度も言っている様に嬉しい反面悲しい気持ちが沸く、必要としてくれるのはありがたいが俺の死後なにも手に付かなくなるとか...心配で仕方がない、昔のエミールもそんな思いだったのだろうか...。

 エミールが死んだ時、俺は今のマナの様に塞ぎ込んでいた、食事も摂らず人と会話すらもしなかった、それに比べればマナはゼロと面会もしている、一見俺よりも症状が軽いと思われるが、俺の時はチェルディスやジュバンも居た。

 そのお陰で俺は再び立ち上がることが出来た、生き返らすことが出来るかもしれないと信じて...だが、今のマナは周囲に人を置いていない、唯一居るのがゼルセラであり、そのゼルセラも今は感情を捨てただの機械になっている。


 事は思ったよりも重症らしい、マナの友達であるエミールは現在不審な動きがある帝国で手がいっぱいだ、頼みの綱であったゼルセラも友としての役割は果たせそうにない。

 ならば最後の友達を起こしてやろう。

 俺の相棒であり、マナにとっての友達。

 俺の剣はカオスとの勝負でかなり魔力を消費したらしく今は休息中だ、ジュバンにも俺が生きている事は伝えていない、ならば相棒がどうするのかこっそり見守るのもまた一興だろう。

 反乱分子が表立って出てくるまでマナに俺の生存を伝えるつもりはない、それは他の者達もそうだ、デフォルトは俺の遺言をしっかりと聞いたのか強さを求めている、ならばマナにも越えて貰いたい、俺の死を乗り越え私は大丈夫と俺を安心させて欲しい。

 俺の願いを込め遠隔ではあるが魔力を流し込みジュバンの意識を目覚めさせる。


 後は任せたぞ相棒、お前ならマナを救い出せるはずだ。

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