第20話 希望の光

 暗闇のどん底に居た。

 絶対的な太陽を失い真っ暗な闇の中で一人蹲る私が居た。

 何度声を掛けても私から返事はない。

 頭では理解している、私がみんなに指示を出さなければならないと...だが、グレースが居なくなった今、彼女たちに指示を出す存在が必要だ、それなのに、そんな心とは別に体が全く動こうとしてくれない殻に閉じこもったまま、体を返してくれない。

 身動きも取れず私は蹲る自分自身をただ眺めることしかできなかった。


 隣にはゼルセラが居る。

 嘗ての感性豊かな彼女ではく、今は機械的に業務をこなすただの兵器としての彼女だが...。

 私はゼルセラの笑っている所が好きだった。戦いを楽しんでいる時の顔はどうにかして欲しいが、彼女が本気で笑っている証拠であるあの狂気じみた笑顔が私は好きだった。彼女が本当に楽しんでいると分かるからこそ私も楽しかった。

 楽しんでいるのが分かるからこそ本気でぶつかり合えたしいつも揶揄からかいあった。

 笑っているからこそ笑えた。怒っているからこそ、私も怒った。

 ゼルセラが泣いているからこそ私も悲しくなり涙を流した。

 お互い今まで失なったことが無かった大切な存在を失い、共に悲しむはずだった。だが...その悲しみが強過ぎるあまりゼルセラは感情を閉ざしてしまった。

 あんなにも可愛らしく笑う彼女が喜怒哀楽も感じずただ指示に従うだけの存在に成り下がってしまった。

 始めて出来た好敵手親友のそんな姿がどれほど胸を強く締め付けた事か...。


 どこか遠くからなにかが近づいて来る。

 振り返ろうにも体は動かない、ただの精神体では物質体である体を操作できない、心だけが振り返り、その姿を捉えた。

 真っ赤な刀身に極め細やかな細工がされている一振りの剣、それが宙を漂いこちらに向かってきていたのだ。


(ジュバン...どうしてここに...)

「なに、我も目覚めたばかりよ」

(ジュバン!もしかして心の声を読み取れるの?!)

「その程度雑作もない、主も良く利用してるのでな、我も自然と身に付いたのさ。それより...其方はどうしたのだ?」

(それは...)

「ふむ...体を感情に支配されているのか...まったく、主の伴侶ともあろう者が情けない醜態を晒すものだ」


 言われた言葉が心に突き刺さる。

 自分自身でもしっかりと理解しているが改めて言われると心に響く...。


「早く肉体を取り戻せ。それでは我らが主に顔向けできないだろう」

(主って...もうグレースは...)

「ふん、この空っぽの器を主だと?まだまだ、主の事を分かっていないようだな」

(どう見たってグレースは...)

「本当にそう思うのか?カオス様の古き友であるシーラ殿も付いていて尚、主が本当に死ぬと本当に思っているのか?」

(そのシーラちゃんだって消えちゃったじゃない...)


 私の言葉に暫しの間が空く。


「え...っと...シーラ殿が消えた?!それは...」


 あぁこいつは本当に馬鹿なのだなと改めて再認識できた。

 思わず呆れてしまい、不思議と心が落ち着く。

 戸惑う一振りの剣、しばらく飛び回った後不意に冷静になり床に突き刺さる。


「僅かに感じる、主との繋がり...主が死ぬ訳がないのだ...言われてみれば魂の回廊は途切れているし...では我がここに導かれたのは...主の肉体に微かに残った魔力それに惹かれて来たのか...そんなことが....いや...でも...」


 ぶつぶつと呟く剣を呆れながら見つめる。魂の回廊が途切れているならそこで気付くだろうに...だが、ここにジュバンが来てくれたのは幸いだった。


(協力して欲しい事があるの!!)

「むむ?其方が我に頼み込むか...もしや主の居ない今我の力を奪おうとでも言うのか!」

(違うわよ...私の身体を取り戻すのに協力して欲しい...)

「そもそも何故其方は心と体が分離しているんだ)

(それは...)


 一言で言えば...感情のないゼルセラが羨ましかったから...。

 あんな脱力感と無気力感に苛まれた事なんて無かった。

 ゼルセラは感情を捨ててからというもの涙を見せなくなった、私はそれが楽なのだと思ってしまった。

 感情さえなければ身体は未来へ進むのだと、何も考えずに生きていけると....あの悲しみから逃げる事が出来るなら逃げ出したかった。

 そんな事を素直にジュバンに打ち明ければきっとジュバンは「主の伴侶に相応しくない」とか言い出すのだろう...。


「我はそこまで考えておらんぞ、其方は主の選んだ伴侶、最初の強引なやり方はどうであれ...其方はあの主から認められたのだ、ならば其方はその責を果たすべきだろう。其方は覇王の伴侶なのだから、ホレとっとと我を握るのだ」

(ジュバン...)


 その言葉には感銘を受けた。だが...身体を動かせないと言っているのに何故「握れ」と言うのだろうか...ほんとにこいつは...剣になったことで思考することすら疎かになっているのだろうか...。


「其方...結構我の事見下しておるな...我を何だと思っておるのだ...そもそも思考が出来てないのは其方だろうに...。なんせ其方は恋の病に侵されているからな」

(うるさいわね///)


 思わず照れてしまったがジュバンは何故か呆れた表情をする、その表情に私も戸惑う。


「其方は覚えて居るか?主との出会いを...確か...囚われている時に助け出したのが初めてだったな、何故其方は主を好いたのだ?」

(それは...あの人を見てから胸のトキメキが止まらなくて...アンデットである私の心臓が鼓動を始めて...あの人の事しか考えられなくなって...って何言わせるのよ!!)

「はぁ...不思議だと思わんのか?其方の心臓は止まっている状態が自然なのだぞ?この際だから言うが...其方の心臓が動いているのは主の手違いなのだ」

(手違い...そんなはず...なら私が今グレースに対していだいている感情は一体...)

「それは恋だろう。ただ馴れ初めは手違いからと言う話だ。我が主は生命体の創造は得意としていたが、アンデット...つまり死者の創造はあまり得意としていなかった。故に、其方の服を創り出した時、肉体に干渉し心臓を蘇生してしまった、其方の感じていたトキメキは至って普通の心臓の鼓動に過ぎない、それを恋心と勘違いをし考える事をを放棄し盲目となり主に嫁いだのではないか。

 さて、それを踏まえたうえで思考をしてないのはどっちなんだ?我か?それとも其方か?」

(っさい...)

「むむ?」

「うっさいって言ってるのよ!!!」

「ほう!」


 私の感情は怒りに支配された。

 悲しみは吹き飛び、いつまでも大法螺を吹く生意気な剣に対する怒りが感情を支配し私は肉体を取り戻す事に成功した。


「取り返すことに成功したか...まったく世話の焼ける伴侶だ...」

「うるさいわね...それで、どっから本当の話なのッ!?」

「あれは全部嘘だ。考えてもみろ至高の存在である主が服の創造程度でミスを犯す事なんてない、其方の心臓は強者の魔力に当てられ勝手に蘇生しただけに過ぎない」

「結局蘇生してんじゃない!!!!」

「そこに関しては主に非はないぞ?其方が勝手に蘇っただけなのだから」

「わかってるわよ!!それと!今回は体を取り返す事に成功したから不問にするけど...次に嘘ついたら魔力を根こそぎ奪い取るから...覚悟しなさいよ...」

「う、うむ...それで其方はどうするのだ?」

「決まってるじゃない...グレースを叱るのよ!勝手に心臓を動かすなって...ついでに私に恋心を抱かせたことも、私に幸せを感じさせてくれたことも、こんなに悲しい思いをさせてくれたことも....まとめて強く言ってやるのよ!!ありがとうこの馬鹿野郎...って...」


 本当にグレースを探し出せるかは分からない、でも、彼は言っていた「転生したらその時に叱ってくれ」と...ならば私は覇王の妻として転生したグレースをめいっぱい叱ってあげないと...


 待ってなさいよグレース...こんなにも私を扱き使うなんて許さないんだから。


 ―――――――――――――――――――――――――


「それで、方法はあるのよね?」

「勿論だ、我は其方が思う程うつけでは無いのでな」

「はいはい」


 握りしめた剣の話を呆れながら聞くことにする、事実、今はこいつに頼るしかないからだ。


「まずはゼルセラの感情を引き戻す所からだ」

「感情を引き戻すって...私と同じように怒らせるってこと?」

「なに、そこまで面倒な事はしなくていい、我を翳せ、手っ取り早く感情を引っ張りだしてやろう」

「簡単に言うわね...」

「ゼルセラは我と主で作ったのだぞ?その程度雑作もない」


 その言葉を信じ剣をゼルセラに翳す。

 まったく...しっかりしなさいよ...。


 表情の失ったゼルセラを眺め優しく微笑む、ジュバンのお陰で普段の彼女が戻ってくる、それが嬉しくて仕方が無かった、また前みたいに馬鹿言いあって喧嘩して...一緒に...


「外部からの浸食を確認。単騎自動戦闘シングルオートバトルモードに移行します。覇王級装備オーバーアイテム解放、各種耐性解放、未来攻撃予測を開始。対象を殲滅します」

「むむ...これは...」


 ゼルセラが大鎌を取り出し踏み込む、それをジュバンが意志の力で動きその攻撃を防いだ。

 視認出来たかすら怪しい速度の攻撃に私は戸惑う。


「ちょっとゼル!!何するのよ!」

「今は無駄だ!どうやら外部から干渉が起きた時に自動で戦闘に移行するようにプログラムされていた」

「ってことは...」

「うむ...一旦ゼルセラを倒すしかない...」

「倒すって...」

「案ずるな、この我を誰と心得る。我は主の剣であり最強の刃、それが力を貸すのだ、主の認めた其方の力をゼルセラに見せつけてやれ」


 はっきり言ってジュバン無しで戦うのであればゼルセラに勝つことは不可能だ、そもそも以前負けている...。

 戦闘が大好きなゼルセラは以前戦った頃からずっと強さを求め日々鍛錬をしている、休憩の合間、仕事以外の時間、自分の仕事が無い時はほとんどと言って良い程【時空の狭間】に籠っている、最早【星】自体が生まれて死ぬ程の途方もない年月をひたすら戦闘する事に注いでいる。今ではあのグレースとカオスが認める程にまで成長した。

 今のゼルセラであればグレースとも多少は戦えるだろう、そんな存在に勝てるかと言われれば答えは残念ながらNOだ。

 勝ち筋は見えない、だが...友の為ならばどこまでも頑張れる気がしている。

 ジュバンの協力ありきで尚ゼルセラの速度はそれを軽く凌駕する、その速度はグレースに匹敵する程までになり当然ながら捉える事は出来ない。

 私一人では足止めにしかならない事は理解している、ゼルセラを倒すには今持てる最大戦力で相手をしなければならない事もグレースの眷属であるシルビア達も含めたありとあらゆる手を使いゼルセラを正気に戻す、その為には私がもう少しだけ時間稼ぎをしなければならない。

 ジュバンが自分の意志で動いてくれているお陰でゼルセラの攻撃は捌けている、その間にシルビアに連絡を取り増援の要請をする、私の意図を瞬時に理解したシルビアは直ぐに連絡を取る。


「フハハハ!お前の力はこんなものか!!これでは本来の姿に戻るまでも無いな!」

「・・・・」


 意気揚々と挑発をするジュバンだが、正直戦況は思わしくない。実際に手で握っているからなのか私にはジュバンの考えが良く理解できた。

 ―――どうにか隙をみせてくれ。

 挑発に気を取られ攻撃が和らぐのを期待しているのだ、まぁすべて無駄なのだけど...何しろ今のゼルセラは怒りの感情さえも放棄しているのだから。

 それが救いとなっている側面も存在する、機械的だからこそ、本来のゼルセラよりも何段階か攻撃性で劣る。ただのデータだけの存在となり下がったゼルセラには嘗ての膨大な戦闘からくる経験値が存在しない、だからと言って弱い訳ではない、実際今は劣勢だ、ジュバンも徐々に押され始めてきている。


「ちょっと...まずいじゃないの...何が本来の姿よ...」

「ぐぬぬ...駆け引きが通用せぬ...」

「さっさと本来の姿戻りなさいよ、勝てるんでしょ?」


「無理だ。もし仮に本来の覇龍の姿になったとしたら我は瞬時に殺される...」

「どうゆう事?」

「奴め...あらゆる種族に特攻効果を持っておるのだ...吸血鬼も例外ではないぞ...ほとんどの攻撃が掠れば致命傷となり得る...覇龍の姿で奴の攻撃を避けれる気がせん...只でさえ其方を護るので手一杯なのだぞ...」

「もう...ほんとに厄介ね...」


 もう少しの辛抱...ただそれだけを信じゼルセラの足止めをする援軍が到着するその時まで...。

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