第9話 隷属国ヒドサアード
複数人の大臣達を連れ爆発した場所まで向かう。
何かを裏で計画していた者達は青褪めた表情をしているが、この場から一番逃げたいと思っているのは俺だろう。そうデルナは思う。
副官は真剣な表情をし俺の後を付いてきている。どうにかしようと頭をフル回転させこの窮地を脱しようとしているのだろう。
そんな副官には申し訳ないが俺は逃げたくて仕方がなかった。
魔王になんてならなければよかったと思う程にこの状況が嫌で仕方がなかった。
爆発地点には人影が2つ程あるだけだったが明らかに異様な雰囲気を醸し出している俺と副官はその二人を油断なく眺める。
一人はロール掛かったブロンドヘアーの女性だ。瞳の深紅の輝きは夜の暗がりにとても明るく映る。黒を基調とした赤み掛かったドレスがとても美しく高価であると思われる。そんなドレスさえも霞むような美貌。俺は一目で理解した。
これは覇王の配下だろう...と。
そしてもう一人は使用人の様な格好をしている女性だ。
綺麗な銀髪は月光に照らされ深紅の瞳は輝きを増す。
表情からは感情を読み取る事は出来ないが隙が見当たらない。
ただの使用人ではなく戦闘もこなせる云わば傭兵のの様な存在だろう。
ちらりと副官と大臣たちの様子を伺ってみれば大臣達は相手が女性と見るや安堵が顔に出てしまっている。
その点副官は流石と言える。
大臣達とは打って変って顔面蒼白し完全に冷静な思考が出来ないでいた。
戦闘経験の無い大臣達はこの女の異常さがまるで理解できていないのだ。
たとえ今この瞬間全員で戦いを挑んでも一秒と経たず全員があの世行きだろう。
「待ちくたびれたわ」
女はそれだけ言うとこちらを睨みつける。
俺と副官だけはその視線を受け恐怖で逃げ出したくなってしまう。
だが、危機感のない大臣達は恐れを知らないのかその女性に近づいて行く。
「あら?だんまりかしら?獣魔の王:ネカヴァン・デルナ私がここに来た要件は分かっているわよね?」
俺を名指ししてきているが俺はそれどころでは無くなっていた。
逆に心当たりがある過ぎてもはやどうすればいいか判らなくなっていたのだ。
額に嫌な汗が流れる。
一度冷静になるために深く深呼吸をする。
冷静になり改めて思考を巡らせる。
この状況は既に詰みと言える。
大臣達がなんらかの裏工作を勝手に行いそれが現行犯で相手方に露呈しそれの審議を行う為に使者として送られてきたこの女。
ふむ、こうなったら素直に打ち明けた方が良いのではないか?
せめて誠意を見せると言う意味でも真実を話し、もう煮るなり焼くなり相手方に任せてしまえば良いのだ。
冷静になったつもりが思考は何週も回りその結果とんでもない方向へと向かってしまった。だが、既に冷静ではない獣魔王に倫理的な決断など出来ない。
「この方々を応接室に案内しろ」
俺の言葉を受けて大臣達は直ぐに行動に移った。
部屋に入るなり慣れた仕草でソファーにもたれ掛かり懐から扇子を取りだす。
黒を基調とした先端にフサフサした物が付いている。
あれが何なのかは置いといて女は扇子を仰ぎ優雅に寛ぐ。
「喉が渇いたわ。飲み物はないのかしら」
女がそう言うので使用人にその旨を伝えると準備に取り掛かった。
大臣達は徒歩で戻って来ているのでそれなりに時間が掛かる。なので現在この部屋には来客の二人の女と
真実を打ち明けるならば今しかない。
「先に、非礼を詫びさせてもらう。
それと...もしこの後なにかしらの小細工がされたとしても俺はなんら関与していない...
これだけは分かって欲しい...大臣達の独断なのだ...俺とこの副官は覇王様に逆らおうとは思っていない。この通りだ」
俺は分かる範囲の事を告げ頭を下げた。俺に続き副官も頭を下げる。
一国の王が頭を下げたと言うのに女はあまり気にしても居ない様子。
作戦の失敗が脳裏をよぎる。
監督責任と言われてしまえば否定は出来ない。
配下が問題を起こしたのなら王がその責任を問われる事なんて日常茶判事だ。
だが、今回ばかりは異なる。
一国の王が配下の手綱を握れませんでしたで、はい、そうですかとはならない。
「あらそう?私個人としては敵対してくれた方が楽に済むんだけど...
残念...面倒事が増えそうね...。
まぁいいわ。今から起こる事は部下の不始末と言う事にしときましょう」
俺は安堵に胸を撫で下ろす。
これでひとまずは民たちの安全は保障されただろう。
無実の民を巻き込むわけにはいかない、そんな事あってはならないのだ。
国の上層部の判断で国が滅ぼされ国民が皆殺しにされました。なんて笑い話にもなりはしない。
ようやくと言うべきか使用人が冷や汗を垂らしながら紅茶を持ってくる。
俺は直ぐに気付いた。毒入りか...
それは俺だけじゃないらしく相手の従者らしき女性も鋭い目つきでカップを見る。
女は俺を見てくるので俺は周りにバレない程度に首を横に振り俺の指示では無いと言う事を必死に伝えた。
そんな俺を見て女は鼻で笑う。そしてその紅茶をごくりと飲み干す。
飲み終えた所でカップから口を離す。
場に静寂が訪れる。
毒―――それも臭いからして猛毒だろう―――それを飲み無事なはずがない。
そう大臣達は考えているだろう。浅はかな...
飲み終えた後も女は平然としている。
その事に大臣達は驚いていそうだが...
「不味いわね...毒を使うならもっとばれないように使った方がいいわよ」
何事も無かったかの様にカップを机に置いた後、何かに気が付いたのか動きを止める。まさか...効いたのか?いや...この場合は効いてしまったと言うべきか....
俺がその様子を唖然と見つめていると部屋の扉は開かれ一人の大臣が入って来た。
「遅効性の毒がようやく効いたようだな。だが、もう遅い。
今頃、猛毒は体中を駆け巡り全身に苦痛を伴っているころだろう。
ククク...王よ。時は満ちましたぞ...」
「馬鹿者ッ!!!!!!」
大臣に𠮟責を飛ばしつつ女の身を案じた。
あの愚か者はいつか殺そう!俺はそっと決意した。
大臣の指示に従い何人もの衛兵が部屋に押し寄せる。
その中には獣王国きっての猛者である三獣士も含まれている。
彼らにもわからないのだろうか彼我の戦力差は明らかだと言うのに。
「王には構うな。やれ」
その命令で衛兵たちは動きだす。だが、その衛兵たちも女の一言で動きを止める。
「不味いわね...後味が最悪だわ」
毒が回ったかと心配したがどうやら無事な様子。
安堵と共に大臣達に今回の件を問いただすべく俺が声を上げると
それも女によって静止させられる。
「この紅茶を不味くしたのは許せないわね...
素材はとても上質だと言うのにそれを汚すなんて絶対に許せないわ。」
女はスッと立ち上がりゆっくりと歩いていく。その先には先程紅茶を運んできた使用人の女が居る。
冷や汗が流れる。彼女は単純に大臣に巻き込まれただけだ。共犯と言えば共犯だが彼女は悪くない。
だが、決定するのは相手であり俺ではない。俺はただ彼女に被害が及ばないかを心配し只祈るばかりであった。
「お茶はまた今度ごちそうになるわ。ここは危ないから部屋を出て待ってなさい。シルビア後は頼むわね」
「はい」
「この子を連れて覇王城に帰還しなさい」
「畏まりました」
そう言うと女の付き添いは使用人を連れどこかへ転移してしまった。
本来であればこのような危険な場所に主を一人残していくなど考えられないだろう。
そう。普通ならば...明らかに異常と思える強さを醸し出すこの女を残したとしても大丈夫だと確信を得ているからこの場を去ったのだろうと俺は思った。
そうでなければ去る事などないのだから。
女は扇子を勢い良く閉じると瞳の輝きを強くさせた。
それが開始の合図となり
何が起きているのかわからない。
事実、女は何もしていない。
腕を組みその場に立ち止まっているだけである。だがそれを相手取る衛兵達の姿は見るも無残な状況だ。
見えない攻撃を喰らい剣は折れ鎧は朽ち命は枯れる。それは戦いとは呼べない代物だった。
――――――――――――――――――――
マナは喜々として殺戮を楽しんでいた。
この程度の楽な仕事で一人部下を手に入れることが出来たのだ。
現在マナ直属の使用人はシルビアだけであった。これで二人目。
あまりにも脆弱な相手に対し動く必要すらないのだから。
グレースの剣であるジュバンを取り込みその特性を引き継いでいる。
全ての攻撃の不可視化に加え回避と防御が出来なくなるのだから。
血から生み出した武器にて直接攻撃を行う。
衛兵達は見えない剣と戦い理解する前に切り伏せられる。
脳内でイメージするだけで攻撃は可能なので相手からは何もしていないと思われるのも無理もない事だった。
衛兵達の無力化が終わり今回の騒動の元凶の
機嫌は非常に良いそれこそがこの場に居る者を皆殺しにしない理由でもあった。
たったそれだけの理由だが、殺される側からしたら迷惑な話だ。
そう思ったかが直ぐに思考を切り換える。すべては弱者の考え事。と...。
苦い表情をしている獣魔王に向き直り今回の判決を下す。
「今回の件。
本来であれば敵対とみなしこの国の排除をする所なのだけど...
家臣の暴走と言う事で処理してあげるわ。
それとこれから、学院生に関わる事を禁止するわ。
それから...私に毒を飲ませたのをグレースが知ったらきっとこの国を亡ぼすかもしれないわ、よって、毎月一人生贄を差しだす事。
若い女がいいわね。衣食住の保証はしてあげる。
あぁそれから両親の随伴も許可してあげる。以上。
最初の生贄は明日。精々努力して生贄を見繕いなさい。
言い忘れてたわね、私は覇王国宰相スカーレット・ジル・ノヴァ覚えておくことね」
言いたい事を全て完結に述べ転移を発動させ覇王城へと帰還した。
全てが丸く収まったことに対しついついガッツポーズが出てしまう。
これで毎月使用人が一人ずつ増えて行くことになる。
転移先では既にシルビアが新しい使用人に今回の件と使用人に対する教育を行っている。
転移してきた私に二人が気付いたのを見計らい二人に付いてくるように命令をする。
「行くわよ」
躊躇う事もせずに使用人はしっかりとシルビアの後ろを歩く。
元々獣王国の王宮務めだったのもあり教育が中々行き届いている。
感心しつつ未だに名前を聞いていない事を思い出す。
「貴方名前は?」
「シドニー・バイオレンと申します」
「そう」
それだけ言い覇王城の横に聳える邸宅へと向かう。
最初は覇王城に住んでいたのだが、今はその横に一つ邸宅とは名ばかりの城を建ててもらったのだ。
正直に言うならばおねだりをしてグレースに頼みこんだのだが...それは知らなくていい話だ。
獣王国の王城よりも巨大な城に使用人は一人...流石に寂しいし、シルビア一人に苦労を掛けることになる。
その為に使用人を雇う必要があったのだ。
今回の件は結果的に大大大!大成功と言える。
マナは歓喜していて気付かなかったようだが、新しく配属された使用人のシドニーはその巨大な城の掃除をしばらくの間少人数で行う事になった。
その日から、シドニーの忙しい日々が始まるのだ。
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