第14話 裏腹

 瞼を閉ざすと雨音が輪郭を濃くした。スフェンは薬草の一束を折れない程度に握る。図書館で見た図譜によると薬草はシルベソウといって、森を横切るように生える習性があり、迷った時にたどれば脱出できることから名がついたらしい。もし森が巨大だったら、しるべを見つけるより先に、見つけても抜け出す前に、獣や飢えに襲われるかもしれない。だが、エリアと二人ならなんとかなる気がした。


 頭を突かれるような痛みも、正体が分かれば不安には感じなかった。花の欠片が目の前に散り広がり、揺らぐことなく光っている。


「木も枝も前と変わらない気がするな」

「そうなんですか」

「うん、よくも悪くもなってないね。前と違うやり方でよく見てみるよ」


 スフェンは花の光をながめて待った。エリアは時折「ふうん」とか「へえ」とかもらしていたが、ふいに無言になった。さすがに少し落ち着かなくなり、スフェンは小さく口を動かす。


「あの……何かありましたか?」

「君が心配するようなことはないよ。でも――触ったらもっと分かるかも」

「えっ」

「ああ、枝の方だよ。木には何もしない。変な感じがしたら教えて」


 エリアが言うや否や、額の真ん中を押し込まれるような感覚が起きた。食べ過ぎた時の気持ちの悪さが胃から頭にのぼったようだった。そのほかは痛み一つないのも気味が悪かった。


「これで届きそうだな。どう?」

「頭がいっぱいのような……少し気持ち悪いけど大丈夫です」

「よしよし。じゃあいくよ。一、二の――」


 瞬間、スフェンはエリアの声を掻き消して叫びをあげた。びくりと跳ねて硬直した体が、汗を噴き出しながらほぐれていった。若木が衝撃に貫かれるのを感じた――まるであの日のように。痺れる瞼をよろよろと上げると、エリアが薄い笑みを浮かべて左手を引くのが見えた。


「ああびっくりした。ごめんごめん、驚かせたね。今、枝が刺さった時みたいな感じがあったろう」

「はい」

「それはまやかしだよ。木に傷を負わせたわけじゃないから安心して」


 エリアが椅子に座りなおす。


「とまれよかった、きちんと収穫があったよ。雨のおかげだね」


 満足げに閉じて開いたエリアの目にスフェンはどきりとした。声音の晴れ晴れしさとはおよそ似つかぬ怒りや獰猛さが、瞳の緑青をきらめかせていたので。

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