第26話 対価
「あなた、明日お家に戻るんでしょう?」
宿の主人の妻――スフェンは女将と呼んでいる――がアオユミソウをすりつぶし、膝の傷口に塗る。汁が滲みてスフェンは眉を歪めた。
「はい。エリアさんが出るのと一緒に」
「寂しくなるわ」
「本当に色々ありがとうございました。お金も払えないのに、こうして手当てまでしていただいて……」
「いいのよ。あなたのおかげでおいしい野菜やハーブが食べられたもの、こちらこそありがとうね」
「え?」
「食べる分に限らないわ。あなた植物のお世話が上手じゃない。このアオユミソウだってそうよ」
女将が食卓に置いた小さなすり鉢を指でつつく。
「あなたが水やりを始めてから葉の色つやがいいし、腐る株もなくなったの。旦那も喜んでるわ、言わないだろうけど」
「そ、そうなんですか」
スフェンははにかんだ。
「薬草の育て方を習ったので、応用できそうなことを試してみたんです。日の当て方とか、水のあげ方とか」
「へえ、すごいことしてるのね。もしかして学院に通ってるのかしら?」
「えっと……はい」
「あら、やっぱり! 頭のいい子だと思ってたのよ。立派な魔法使いになりなさいね、応援してるわ」
女将の巻いた包帯は、ぴったりとしているのに動く妨げにならないのが不思議だった。軒先を見上げながら小雨の中を歩く。数十分かけて目当ての場所を探し出した。町の紋章に金色の輪を組み合わせた看板は、何度か通った覚えのある道に掲げられていた。
案内された部屋は狭く、家具の類も少なかった。外に面した窓には覆いが垂れているが陰湿な雰囲気はない。スフェンが席につくと、男が卓越しに遠慮のない視線を注いできた。
「あなた、年は」
「十五になりました」
「それなら問題ありませんが、親の物を勝手に売るんじゃありませんよ」
「これは僕のです」
スフェンはきっぱりと言い、包んでいた手巾ごと指輪を渡した。地金には表裏ともに文様が刻まれ、光を通さぬ青紫の石が一つはめ込まれている。
「学院で模範生の証としてもらいました。質は悪くないと思います」
「学院ってあなた……」
男が呆れながら指輪をつまんでルーペをのぞいた。
「……ああ、確かに校章が刻んでありますね。細かさから言って本物です。年号や名前はなし。石の着色もどうやらなさそうだ」
秤に乗せた後、別のルーペをかざし、鼻柱にしわを寄せてためつすがめつする。
「魔法もかかっていませんね。扱いやすくてよろしい。あえて言うなら意匠が少し古臭いですが」
最初のルーペでもう一通り確かめてから、男が唸りながら背もたれに寄りかかった。スフェンも前のめりになっていた体をまっすぐに落ち着ける。やがて男が髭をいじくる手を止めた。
「銀貨十枚と銅貨七枚でいかがです?」
注文をつけて査定が変わるかは分からないし、つける注文も思い浮かばないので、スフェンは手を打つことにした。金の袋を受け取って質屋を後にする。少し南に行ったところに宝飾店の集まる筋があった。
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