第23話 レシピ
日暮れの頃になると厚い雲が快晴を塗り込め、エリアの帰りを見計らったように柔い雨音が響きだした。軽い夕食の後、エリアが料理前の食材のように道具を広げる。スフェンは唇を結んで隣に立った。
「じゃ、始めようか。いいかい?」
「お願いします」
「私が導き手、君が降り手だ。降りるのは二人ともだけどね」
「はい」
「使うものを説明しておこう。これは黒曜石、暗闇を切り開く剣みたいな役割だ。本当に切れるから触る時は気をつけて。こっちは――」
「日長石ですね」
「そのとおり。明かりみたいな役目だね。石はどっちも私が持つよ。こっちの葉っぱはマンネンロウで、生きてる人間と死者があやふやにならないための目印だ。今のうちに食べておこう」
「食べる?」
「大丈夫、すっぱくないしお腹も壊さないよ」
スフェンは細長い葉を一枚つまんで口に入れる。噛みしめるとかすかに覚えのある香りが広がった。
「シルベソウは〈のぞき〉でも使ったね。今回は命綱以外に人探しの手伝いもしてくれる」
「はい」
「あとは杖と紐だ。杖は導き手の持ち物だよ」
エリアが何節かに分かれた杖を組み立て、壁に立てかける。馬の頭を模した握りがスフェンの方を向いた。最後に白い細引二本が残る。
「まずはこれを使おう。朝露を含ませた、特別といえば特別なものだ。こんな風に輪をつくって首飾りみたいにかける」
スフェンは見よう見まねで手を動かした。結び目の固さを確かめ、胸元に輪を垂らす。
「できました」
「うん、いいね。これは首をくくって死ぬふりで、魂を体から離すための準備だよ。他には刃のない剣を首にあてるのでも、偽の毒を飲むのでもいい――じゃ、そこに仰向けになって」
スフェンはエリアの言葉に従った。シルベソウを握れば、茎や葉にびっしり生えた細かな毛が手のひらをくすぐる。エリアが黒曜石と日長石を額にかざし、杖の馬頭と打ち合わせてから、外套を敷いた床にあぐらをかいた。
「息もできるし話もできるから気楽にしてなよ。ただし私を見失わないようにね。はぐれたと思ったら日長石を探すんだよ」
返事をしただろうか。数秒前の記憶がふやけて流される。スフェンは眠りの汀に揺られる感覚に襲われた。眠りと死が血を分けた兄弟だと言ったのは哲学の教師だったか、それとも説教中の兄師だったか。いつの間にか落ちた瞼が蝋燭の薄明かりを阻み、冷たい土の匂いが立ち込める。背中が寝台に沈みながら柘榴の外皮のごとく裂け、しかし痛みはなく、しなった背骨から滴った白い雫が一つ、押し固めたように濃い闇へと落ちていく。それが自分の魂なのだと気づいた時、白い雫はスフェンの形をとって闇の底に立っていた。
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