第24話 月虹
「まずは降りてこられたね」
声に振り向くと、エリアもまた肉体と色彩を手放し、白い靄を
「変な感じはするかい?」
「いえ、大丈夫です」
「よかった。じゃ、シルベソウの導きに従おう」
スフェンは右手の束に目をやった。やはり白くぼんやりした輪郭をとっている。
「誰のところに連れて行ってほしいか考えながら、底に挿してごらん」
「分かりました」
あの日の打ちつけた背中の痛みや、吐き気すら覚える動悸が、いつになくおぼろげに思い出された。ハーツィグさんのもとへ、と心の中で呼びかけ、シルベソウをそっと活けるようにして足元に立てる。かすかな感触に手を離した途端、乾いた茎や葉が脈打ち、根を稲妻のように巡らせた。無数の芽が吹いてすくすくと伸び、闇を一直線に渡っていった――まるで地を這う白い虹のように。
「図譜に載ってたとおりだ」
スフェンはつぶやいた。
「これをたどれば会えるはずだ。行こうか」
「はい」
エリアが杖をついて歩きだし、スフェンが一歩後ろを行った。
「あの、話しかけても大丈夫ですか?」
「いいよ」
「エリアさんは前にもここに来たことがあるんですよね」
「うん。死んだ人にどうしても会いたいって相談がたまにあるからね。最近だと、先代がお宝を隠したから在処を聞きたいっていう盗賊の頭とか」
「と、盗賊?」
「うん」
「盗賊の依頼も受けるんですか?」
「大抵は義理堅いし見返りも弾んでくれるよ。怪我するようなことは断るけどね」
エリアが事もなげに答えた。
「その時は先代があっさり教えてくれたんだけど、探してみたらお宝じゃなくて暗号で書かれた地図が出てきたんだ。大盗賊のせがれなら自分で見つけてみせろってことだね。お宝が出てきたらちょっとぐらい分けてもらえると思ってたから残念だったな」
五分にも一時間にも、一日かかったようにも感じる歩みの果てに、すねの高さまで茂った白いしるべの道はふつりと絶えた。相変わらず見通しはきかないものの、廊下から広い庭へ抜け出たような心地がした。その一方で、庭にはおびただしい数の気配がひしめいている。
「ここが門の前だね。本当に門があるわけじゃないけど」
エリアが日長石を掲げて四方を確かめる。
「ここで何千何万の魂が黄泉に入るのを待ってる。土の上に暮らすものは、人も羊も熊もみんなね。といっても、魔法を使わないと見えないし声も聞こえない。向こうからもこっちの存在はなんとなくしか感じ取れない。同じ魂だけの状態でも私たちは生きてて向こうは死んでる、あくまで別のものだ」
スフェンは周囲に視線を巡らせた。マンネンロウの香りが鼻の奥に蘇った気がした。
「さて、それじゃそろそろ呼んでみよう。死ぬほど退屈だろうからすぐに来ると思うよ」
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