第11話 からりと
アオユミソウに水をやって部屋に戻ると、エリアが花酒の壺を開けたところだった。碗に半分ほど注いでスフェンに渡してくる。
「いい塩梅な気がするな」
「ありがとうございます」
スフェンはエリアがもう一杯を注ぐのを待った。手の中のまろく光る水面に自分の顔を認めてふと、胸の奥のちりちりとした痛みに気がつく。助けられたあの日以来、エリアには与えられてばかりだ。では今まではどうだったか。自分は誰に何かを与えることができただろうか? 学院で優れた成績を修め、模範生に選ばれたこともあった。親の期待は裏切っていないはずだ。だがそれは、皆が――自分自身もが――当然に越えられると思って疑わなかった関門であり、越えたところで望外の喜びをもたらしはしなかった。
「スフェン」
はっとして目を上げる。
「飲んでみた?」
「あ、いえ」
あわてて一口流し込んだ。香りは甘く、味は辛い。喉から胃へ、頭へ、かっと熱が巡る。もし自分の魔法が元のように戻らなかったら、若木が折れたままだったら、期待を超え、恩に報いる道は永遠に閉ざされるのではないか?
「エリアさん」
わだかまる熱を吐き出すようにスフェンは口を開いた。
「うん?」
「僕、また魔法を使いたいです」
「うん」
「あなたが助けてくれた日、魔法で弟のぬいぐるみを直そうとしたんです。僕のお下がりだからずいぶんぼろくて、前にも何度か直したことがありました。だから今度も大丈夫だと思って……。術は何も間違っていなかったし、失敗したような手応えもありませんでした。なのに魔法を使った瞬間、ぬいぐるみがばらばらになったんです。弟が泣いてしまって、家の人間がみんな集まって大騒ぎになって……それで逃げ出しました」
「なるほどね」
エリアが自分の碗に花酒を注ぎ足した。
「ぬいぐるみが壊れたのは、おそらく君の魔法が枝のせいで歪んでいるからさ。君の技術が足りなかったからじゃない。それに、おもちゃのことなんか、子どもは案外からりと忘れるものだよ。お兄さんがいなくなった方がよっぽど心配さ。家を飛び出した理由だって、失敗して恥ずかしかったとか、そんなことだけじゃないんだろう?」
スフェンは親指で碗の縁をなぞった。
「ぬいぐるみを直そうとした時、直してあげたいとはもちろん思っていました。でもそれより、木が折れても魔法が使えることを証明して、安心したい気持ちの方が強かったんです。弟ではなく自分のためにやろうとしていたんです。その結果、ぬいぐるみをめちゃくちゃにして、弟を悲しませました。何かしてあげるどころか、ひどいことをしてしまった」
「でも、たとえ木が折れていても、自分には魔法しかない」
スフェンは唇を噛んでうなずいた。
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