第12話 坂道
「家に帰りたいし、魔法を今までみたいに使いたい」
スフェンは再びうなずいた。
「それはわがままなんかじゃない。心から願っていいことさ――願っていいなんて誰に言われずともね」
エリアが二杯目を飲み干した。
「あとね、君はついてる。君が望む限り、いいようになると思うよ」
「……どうしてそう思うんですか?」
「私が君を拾った日、どしゃ降りだったろう」
「そういえば……」
「そこからして運がいいんだよ。もしあんなに降ってなかったら、君は風邪をこじらせて今頃ここにいなかったかもしれないからね」
「え?」
スフェンは首を傾げた。
「魔法使いの中には、ある決まった状況でいつも以上の力を発揮できる連中がいる。聞いたことはあるかい?」
「はい」
「私もその一人なんだよ」
エリアが口の端を持ち上げ、スフェンは声をもらす。
「もしかして……雨、ですか?」
「そのとおり。私の場合は降れば降るほど自信がわくし、いつもなら失敗しそうな術もあっさり使える――もちろん、なんでもかんでもってわけじゃないけどね。あの雨じゃなければ、私は倒れてる君に気づかなかったかもしれないし、ここに連れて来ても看病しきれなかったかもしれない。逆に、あの雨だったから自分で治せるって確信をもてたんだ」
「でも、だからってどうして助けようとしてくれたんですか?」
スフェンが尋ねると、エリアは大きく体を傾けて笑った。
「私にだって優しさぐらいあるよ。それに、医者を呼ぶと金がかかるからね」
何かが解決したわけでもないものの、スフェンは心がわずかに軽くなるのを感じた。黒い枝を取り除くすべが見いだせない以上、いかにして若木を立ち直らせ魔法を取り戻すかも定かではなかった。一つでも手がかりを得るために、これまでに増して図書館に入り浸り、魔法と名のつく本を片っ端から手に取った。気休めにしかならないと心づいてからも時間を忘れて読みあさった。なので物音にふと顔を上げた時、大きな窓から見える夕空に危うく声をあげそうになった。いつもなら水やりをしている刻限だった。
急ぎ図書館を出て、見つけたばかりの近道を走った。水路に向かって下る道は決してなだらかではなく、足を踏み出すごとに走る勢いが増した。すべって転ぶのではないかと危ぶんだ瞬間、起こったのは道の向こう側にいる二人の悲鳴と、重い物の砕ける音だった。女の引く荷車から甕が落ち、流れ出た中身が石畳を黒く染める。あわてた子どもの抱える籠から林檎がこぼれ、弾みながら転がっていく。
スフェンは脳裏に術を並べ、唇を舌で湿し、そこで我に返った。中途半端に開いた口から何をも成さぬ短い声がこぼれた。物を呼び寄せる魔法ならお手のものだし、甕一つぐらいであれば壊れる前の状態に戻すことができた――だが今は。スフェンは折れた若木と引きちぎれたぬいぐるみを思った。そしていつの間にか止めていた足に鞭打って再び走りはじめた。橋を渡り、子どもの泣く声も、女のうろたえる眼差しも届かないところまで、意味もなく何度も道を折れる。迷いかけたところで宿の看板が見えた。
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