第4話 紙飛行機

 日が傾きはじめ、スフェンは水差しを抱えて梯子をのぼった。アオユミソウは名前のとおり弓なりの細い葉をもっている。スフェンにとっては中等科の薬草学で習ったお馴染みのものだった。


 土の白けた鉢にたっぷりと水を注ぎ、踵を返しかけた時、視界の端に小さくひらめくものがあった。それは紙を複雑に折り上げたおもちゃで、空中を舞い上がったかと思えば急降下し、凪いだ空気とまるで赤子の竜のように戯れているのだった。年端もいかぬ少年に追いかけられ、おもちゃはくるくると楽しげに逃げ惑う。おもちゃを操るのは、鞄も置かぬそばから弟に遊びをねだられた風情の青年で、それでも穏やかな笑みを浮かべて指先を動かしている。スフェンは目を離せないでいながら、ただ風の吹かぬことを祈った。気まぐれな風が彼らの歓声を運んでくることのないように。


「まだ少し晴れそうだな」


 はっとして振り向くと、エリアが梯子をのぼりきって立っていた。とろりと濁ったうすい緑青の瞳が空を仰いでいる。


「そろそろご飯にしようか。羊の串焼きを買ってきたよ」

「はい」


 明るく振る舞おうとして、かえって妙な大声が出る。水差しを持つ手に汗のわいた気がした。


「おや、スフェンも羊が好きなんだ」


 取られないようにしなきゃ、とエリアが付け加える。スフェンはもう一度だけ兄弟を見た。兄が外套の裾に弟を迎え入れ、二人して家の門をくぐるところだった。

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