第5話 秋灯

 その日の夕方、スフェンはインクや香液の類を求めに文具店へ行った。学院御用達の店には見知った顔ぶれもいて、また同じ組になるといいな、あの先生はもうこりごりだけど、などと話を交わして別れた。店を出る頃には日が沈んでいて、近道の路地を小走りに帰った。


 男は薄暗い道の真ん中に倒れて震えていた。髭面のせいでよく分からないものの、父と同じ年頃に見えないこともなかった。スフェンは壁に身を寄せて通り抜けようとしたが、男のか細い声を聞いた気がして、その生気のない顔をのぞき込んだ。そして男と目が合うや、明滅する暗闇に叩き落とされるような衝撃に襲われた。次の瞬間には男と同じように仰向けにひっくり返り、心臓が早鐘のように鳴っていた。泥の上に身を起こしておそるおそる見てみると、男はもう震えてはいなかった――息もしていなかった。


 どうやって帰り着いたかは今でも思い出せない。気づけば家の温かな明かりの中にいて、泥だらけの外套を脱がされ、怪我はないかと繰り返し尋ねられた。怪我はなかった。ただ違和感があった。その源に気づいた時、淹れたての香草茶のカップを握りしめたまま動けなくなっていた。溌溂と枝を広げていた若木に黒い枝が打たれていた――まるで接木の真似事のように。スフェンは悟った。この枝は死んだあの男のものだと。


「それで家を飛び出して私に拾われたわけだ」


 羊に舌鼓を打った後、エリアは机に頬杖をついた。蝋燭に照らされた頬が黄金色に輝いている。


「ええと……」


 寝台に腰かけたスフェンは頭を掻いた。


「あなたに助けてもらったのは、その人を見た日ではないんです。でも、そもそもの始まりはその日です」

「へえ。さらに何か起きたってこと?」


 スフェンは「はい」とだけ返した。


「まあ、言う気にならないなら無理に言うことはないよ」


 エリアは椅子にゆったりともたれる。


「黒い枝っていうのは、君の言うとおり男の持ち物だろうね。男の死に際に居合わせたために、その男の力が君に渡ったんだ」

「力が渡る?」

「珍しいことだけど起こるは起こる――いや、起こすって言った方がいいかな。大体の場合、死ぬ方が強く願って力を託すんだ。どうしてもやり遂げたいことがあって、代わりにやってほしいとか、そういう意志や未練のためにね。託される側が無理に奪えるものじゃない。不可能じゃないけど」

「奪ってはいません」


 スフェンははっきりと首を振った。


「でも、託される覚えもないんです。初めて会った人でしたし……」

「ふうん。じゃ、見てみようか」

「見る?」


 スフェンが問い、エリアが自分の眉間を指差した。スフェンは「えっ」と声をもらす。


「ふつうはできないさ。でも、枝の刺さった痕が塞がらないうちなら、そこからのぞくことはできるかも」

「本当ですか?」

「うん。まあ、少しぐらい痛いかもしれないけどね。覚悟ができたら教えてよ」

「お願いします。早い方がいいなら明日にでも」

「明日か」


 エリアは何か考えるように視線を上へすべらせてから、


「いいよ」


散歩の誘いに応じるような調子で答えた。

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