第6話 どんぐり

 翌朝、食堂には新たな客の姿があった。石工の男は近くの村の伽藍を修復しに行くのだと話した。


「先祖がそっちにいたもんで、建てる時に参加してたんだ。色々あって引っ越したが今もこうしてお声がかかる。秘伝の技もないし、昔の図面や資料を持ってるわけでもない。なんでかねえ」

「代々腕がいいからでしょう」


 エリアが言うと、男は大口を開けて笑った。


「そうなら今頃とっくに工房も繁盛してるだろうよ。お前さんこそ、魔法一本で食っていくたあよっぽどの腕利きだな」

「そうでもありませんよ。食える時は食える、食えない時は食えない。商売じゃないので報酬も必ずもらえるわけではないし……もらえるならきちんともらいますけどね」


 スフェンはどきりとして匙を動かす手を止めた。エリアは小さくなった黒パンをもてあそんで笑っている。当たり前のことなのに頭から抜け落ちていた――エリアにどうやって礼をするのか。着の身着のまま飛び出してきたから持ち合わせはないし、身につけているものを売ったところで恩に報いるほどの額になるか分からない。家にこっそり戻って小遣いを掻き集めるのが手っ取り早そうだが、やはり額に不安があるし、今帰る気にはなれない。いっそのこと旅に同行し、荷物持ちでもなんでも引き受けて、エリアの気の済んだところで解放してもらうのはどうか。


「それに、魔法使いは千人いれば九百九十八人まではどんぐりの背比べです。私もその中の一人ですよ。残り二人は一人がそれこそよっぽどの腕利き、もう一人は魔法をあきらめた方がいい」

「へえ。しかし、食えない時ってのはどうすんだ」

「食えるまで食えないなりにやります」

「はは、なんだそりゃ」


 まあそういうもんか、とひとりごちて男が食事に戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る