歪樹のスフェン

藤枝志野

第1話 鍵

 スフェンは目を覚ました。毛布についた黴除けの香草の匂い、遠くから切れ切れに聞こえる市場の喧騒、誰かの気配の残る狭い客室――寒さを連れて迫ってくる慣れないものたちをゆっくりと確かめた後、静かに己の中をのぞき込んだ。意識を向ける先は、眉間の奥に広がる暗がり。鍵もない、番犬もいない、それでも常であれば持ち主にしか開かれることのない場所。


 そこにはほんの数日前まで、若木が伸びやかに呼吸していた。スフェンが呼びかければいつでも根を力強く踏ん張り、幻の風に葉をそよがせて輝いた―そうして彼は魔法を使うことができた。しかし、今あるのは雷に打たれたかのように折れた若木と、その白い芯に突き立てられた一本の黒い枝であった。スフェンはねじくれた枝を見るたび、眉間に爪を立ててこじ開けられるような痛みを覚えた。痛みはあくまで幻だったが、苦しみ悶える若木の悲鳴に似ていた。悲鳴がいつか大きさを増し、断末魔の叫びに変わりはしないかと、スフェンは今も唇を強張らせ、毛布から出した手を額にあてる。そうしてさざ波の立つ心を落ち着かせるうちに眠りに戻りかけ、あわてて毛布をはねのけた。借り物の寝間着からチュニックに着替えて部屋を飛び出す。廊下の突き当たりに古ぼけた梯子が一本、屋上に向かって伸びている。

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