第17話 流星群

 雨雲を見送った空に、色づいた並木がくっきりと浮き上がっている。スフェンは一つ息を吸って吐き、図書館とは違う方角に向かった。エリア曰く、黒い枝を返すには持ち主を突き止める必要があるという。最初に思い当たったのが聖堂の埋葬記録だった。朝の祈祷から少し経った頃合いを選び、物盗りよりもこそこそと歩く。思えば西街区に入るのはエリアに拾われてから初めてのことだった。井戸端の談笑やすれ違う人影にいちいち身を縮め、三十分ほどの道のりを歩ききった。


 祈祷室は静かで、動くものといえば片付けをする兄師けいし見習いらしき人と、窓から床に落ちる葉影くらいだった。スフェンは意を決して頭巾を脱ぎ、見習いに取り次ぎを乞うた。見習いが雑巾をぷらぷらさせながら引っ込み、入れ替わりに長身の男が現れた。兄師が自分のことを認識しているかは分からないが、スフェンは顔を上げられず、白い衣の腹辺りに視線をさまよわせた。


「こんにちは、我らが子。何かご用ですか?」


 兄師の声は説教の時と同じく朗々として温かかった。


「埋葬の記録を見ることはできますか?」

「ええ。いつ頃のものでしょう」

「ここ二週間ぐらいです」

「分かりました。こちらへどうぞ」


 兄師に続いて奥の扉から祈祷室を出る。回廊を経て屋内に戻り、大きな窓のある小部屋に通された。促されるまま椅子に座って待っていると、兄師が本を二冊運んできた。


「こちらが個人の墓、こちらの分厚い方が共同墓地に眠られている方の記録です。私は奥におりますから、ご用の時やお帰りの時はそちらの鈴を鳴らしてください」

「ありがとうございます」


 スフェンは椅子にかけなおし、個人の墓の記録を開いた。一日につき二、三の人物について書かれている。黒い枝の男が死んだ日には、大往生を遂げた老婦人と、ほんの数日前に生まれた赤子の名前があり、次の日には女性一人が記されていた。以降もそれらしき者の記録はなく、昨日の日付の一人を最後に空欄が続いた。


 死者の悲しみや恐怖、それを呑み込む虚無に触れた気がして、スフェンは窓に目を転じた。強い風が吹きつけるたびにぱらぱらと音が鳴っている。近くの大きな樫の葉に宿っていた雨の雫が、窓に降りかかっては尾を引いて落ちていくのだった。


 共同墓地の記録には氏名欄に「不明」と書かれたものも少なくなく、代わりに亡くなった場所や状況、外見、持ち物などが書きとめられていた。酒場で寝たきり目覚めなかった娘は右手の中指が欠け竪琴を持っていた。川岸に打ち上げられた旅姿の男は懐に宝飾品の袋を抱いていた。――スフェンは紙の上にすべらせていた指を止めた。黒い枝の男と会った二日後に葬られた者がいる。

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