第16話 水の

「エリアさん」


 ふやけて青みがかった実を碗に出しつつ、エリアがスフェンに目を向ける。〈のぞき〉の後に現れていた獰猛な光は瞳から去り、とろりとした緑青がそこにあった。


「エリアさんはお家には帰るんですか? 年を越す時とか、先祖を迎える時とか」

「折が合えばね。近くにいて気が向いたら、かな」


 エリアが新たに何粒かを口に含む。


「そうなんですか」


 スフェンもつられて実に手を伸ばしかけ、いくつ食べたか頭の中で数える――噛んでしまったものを含めて三つだった。裂いて開いた包み紙の上にはまだ二十はある。一粒頂くことにした。


「別に勘当されたわけじゃないよ。仲もいいしね。いきなり帰ったら驚かれはするけど、追い返されたりはしない」

「それじゃ、どうして旅を始めたんですか?」

「もっといい場所があると思ったからかな」


 エリアが口の中で実を転がす。


「私の故郷は一年中晴れで、夏には暑さで山が燃えることもある。雨なんて滅多にないけど、降る時は嫌になるくらい降って人や牛が流される。雨で調子が出るなら、雨の降らない土地にいるのは変だろう?」

「そう言われると……確かにそうですね。でも旅に出ると決めた時、家族には反対されなかったんですか?」

「行きたいなら行くといい、って感じだったかな。そうでなきゃ申し訳ないと思ってたのかもね」

「申し訳ない、って?」 


 エリアが目を細める。


「故郷では赤ん坊の時、神官だか誰だかにお告げを賜るんだ。その誰かは赤ん坊の私を指差して言ったらしい。『この子は水の子だ。潤うものに愛されている』……分かるだろう?」

「雨によって力が増す、ですよね」

「そのとおり。ところが――まあ、お告げなんて一回聞いただけで理解できることの方が少ないさ。家族も村のみんなも意味を取り違えたんだ。この子がいればきっと恵みの雨が降る、渇きに苦しまずに済むってね」


 スフェンは胸がちくりと痛むのを覚えた。


「みんな辛抱強く待ったよ。立って歩けるようになったら、話せるようになったら何か起きるかもってね。けど変わらなかった。私も私で、色んな人から何百回もお告げのことを聞かされた――おそらく記憶にない頃からずっとね。十になった時には、雨を呼ぶとかいう噂の魔法を試したこともあった」

「……どうだったんですか?」

「私が寝込んで終わったよ。寝込んでる間は、何を食べても味がしないこともあれば、何かがちょっと体に触れただけで飛び上がるほど痛いこともあった。それが三回あったから、しめて半年は動けなくなってたかな。最後はちょうど雨の日だったんだ。雨だと調子がよくなるって、その頃にはなんとなく気づいてたからね。でもさすがにだめだった。雨はさっさと止んだし、次の日もその次の日もいつものかんかん照りさ。命を削る真似はもうごめんだったから、四回目は何を言われても断ったよ」


 エリアが口をすぼめて実を出した。


「なので身の振り方を決める時、私は迷わず旅を選んだ。なんなら前から準備してたね。家族に話したら、自分で決めたことに従うべきだし、これ以上この村のために命を使うことはないって言ってくれた――雨と魔法の関係については、魔法を使えないからぴんときてない人もいたけどね。居場所がここじゃないと思ったから探しに行く。単純だし自然なことさ」

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