第15話 おやつ

「結論から言おう。男に枝を返す必要がある」

「返す……ですか?」


 スフェンはエリアの鼻先を見て問うた。


「うん。前も言ったけど、託された力は、託した人間の願いを叶えたり恨みを晴らしたりすれば自然と消える。でも、今見てみてはっきり分かった。君の場合は話が違う。枝を託してきた男は、枝を託すこと自体が目的だった。最初から願いも恨みもなかったんだよ。そこが明らかになったのは大きい。木にとって邪魔、消すすべはない、それならやることは一つだ。持ち主に返せばいいんだよ」

「死んだ人に返すっていうことですか?」

「そうなるね。死んでひと月も過ぎてないから、黄泉の門で順番待ちでもしてるはずだ。門の外なら生きたまま降りられる――体は置いていくことになるけど、そこは大した問題じゃない」


 エリアは腕を組む。


「返せばいいのが分かった後、男の記憶や感情が残ってるかと思って枝に触ってみた。枝は力の本体じゃない、言わば破片だ。ちょっといじったところでこっちの痛手にはならないからね」

「何か残っていましたか?」

「託せたことを喜んでた、かな。そのくらいだよ」

「そうですか……」


 スフェンは頬をゆるめてみせる。


「それなら、よかった気がします」

「え?」

「死ぬ間際に喜ぶことができるのは幸せだと思います。喜べることに関われたのなら、僕も嬉しいです」


 エリアがぽかんと口を開け、それから肩をすくめた。


「早く悪さをしな。小さなことでいいから」

「えっ?」

「いい人は若死にするって言うだろう」


 エリアはそう言うと出し抜けに手を伸ばし、机にあった小さな包みをつかんだ。中身は小指の爪ほどの乾燥した実で、灰色がかった干し葡萄に近い見た目をしている。


「故郷ではよく食べるけどこっちじゃなかなか見ない。市場で珍しく安く売ってたから、スフェンにもあげようと思ってね。どうぞ」

「いただきます」


 スフェンは一粒つまんで口に入れた。実がつぶれて皮が破けた途端、下顎が溶けてなくなるようなすっぱさに口を蹂躙される。思わず顔をしわくちゃにすると、エリアが眉尻を下げて笑いだした。


「ごめんね、食べ方を教えてなかったよ。これは噛むんじゃなくて舐めるんだ。舐めてるうちにだんだん甘くなって唾も出てくる。すっぱくたって唾は出るけどね。――ほら、このくらいの悪さなら罰もあたらないだろうさ」


 エリアがなおも肩を震わせながら、何粒かまとめて口に放り込む。スフェンはそれ以上噛まずに実を飲み込んだ。口の中の騒ぎがようやく鎮まって息をつく。弾みで笑いが一つほろりとこぼれた。

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