第18話 旬
ハーツィグという文字の連なりは鉤のような記号でくくられて、姓か名か知れなかった。性別は男、年齢は四十過ぎか、髭は編んで垂らし瞳は茶色、そこまで目を通した時には胸の音が速くなっていた。亡骸が見つかったのは銀の樺通りと小伽藍通りの間の路地――あの日家へ急いだ道だった。スフェンは強く瞼を閉じ、窓に弾ける雫が眉間の奥の痛みをも連れて流れ去るよう願った。そして日が翳ると同時に目を開け、手のひらを衣で拭ってから鈴を鳴らした。
「お探しの方は見つかりましたか?」
兄師は袖口の刺繍を指でなでている。
「はい」
「そうですか。それはよかった」
「……あの、兄師様」
「なんでしょう」
ちらと見上げた先には見慣れた柔和な笑みがあった。家族を深い憂いに落としたことを、この人は赦してくれる気がした。背中に手を置いて大丈夫だと言ってくれる気がした。しかしそれは意味を成さぬことだと分かっていた。たとえこの人が受け入れてくれても、町の、世界の誰が是とするとしても、父母と弟がうなずかない限りは全て虚しいものなのだと。
スフェンはかぶりを振った。
「いえ、なんでもありません。ありがとうございました」
中庭では先ほどの見習いがせっせと落ち葉を掃いていた。スフェンはその見習いの視線がぴたりと追ってくるのを感じていたが、ついに足音が近づいてきて思わず足を止めた。止めてから、なぜ止めたのかと悔いた。灰色の衣が視界に割り込んでくる。
「おい」
周囲を素早く確かめてから見習いが鋭く囁いた。
「お前、ケレマンスさんのとこの坊ちゃんだろ」
「は、はい……坊ちゃんではないですけど」
「坊ちゃんだよ」
見習いがスフェンを睨めた。
「お前、母ちゃんに会いたいか?」
「えっ」
「今すぐ母ちゃんに会いたいか?」
「あ、会いたいです。でもまだ準備が……」
「じゃあ今こっから出んな」
見習いが箒を床に打ちつけ、門番さながらに左手を腰にあてる。
「どうして?」
「鉢合わせるぞ」
「……母に?」
「他に誰がいるってんだよ」
声が壁伝いに響いた。
「いつも今ぐらいの時間に来て聖詩を三つも唱えるんだよ。しかも果物だの野菜だのを籠いっぱいに持ってきて、お供え物って渡してくるんだ。昨日なんか栗がどっさり入った甘いパンだったんだぜ。栗自体も甘くしてあってさ、兄師サマも『せっかく頂いたしたまにはいいでしょう』ってどんどん食べて――」
見習いが咳払いをする。
「だからよ、兄師サマが冬眠前の熊みたいにならねえように、ちゃんと家に帰るんだぞ。いいな」
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