第9話 神隠し

「なんとか落ち着いたな」


 エリアの手のひらがわずかに動いた。


「痛みはまだある?」

「いえ」

「よかった。こっちも見えるよ。小さい木に黒い枝、君の言ってたとおりだね。木の方はずいぶん弱ってる。派手に折れてるし、黒い枝に力を吸われてる。でも明日すぐ枯れて死ぬような状態じゃないよ」

「そうですか」

「まあ、君も持ち主だからなんとなく感じてるかもしれないけどね。――枝が刺さってから魔法を使ったことは?」


 内心胸をなで下ろすのも束の間、喉の奥が冷たく締まった気がした。そろそろと息を吸い、「あります」と声を絞り出す。


「あります……一度だけ」

「なるほど」


 エリアの身じろぐ気配がする。


「使ったことでさらに木が傷んだ可能性はある。けど、もしそうだとしても仕方ないさ。使えると思ってたら使おうとするものだよ。それに、雨を降らせるとか人を生き返らせるとかしたわけじゃないだろうしね。問題は枝の方だよ。持ち主の願いを叶えるなり未練を晴らすなりすれば消えてなくなって、木の方も調子がよくなるはずだ。そう思って手がかりを探すためにのぞいたわけだけど――」


 エリアはそこで一つ息をついた。


「何もない」

「ない?」


 スフェンは数拍をおいて聞き返した。眼裏には変わらず花の欠片が光っている。


「力が偶然転がり込んできたわけじゃないのは分かる。君に力を託そうとした意志は感じるからね。なのに、肝心の願いがどこにもない」

「あの……疑うわけではないんですけど、本当にないんでしょうか? たとえば隠されてるみたいなことは……」

「探せるところは全て探したよ」


 かすれた声でエリアが言った。怒った風ではない声色に、スフェンは悟られぬようにほっとする。


「誰かが君のここに入って願いだけ持ち去ったとは思えない。できるとすれば魔法の神様ぐらいさ。まさかとは思うけど、何か罰をあてられるようなことをしたかい?」

「し、してないです……多分」

「だろうね」


 エリアの手のひらが額を離れた。スフェンは目を開く。夜空の帳が上がり、花の光が蝋燭の明かりの中に消えた。


「悪いけど時間切れだ」


 エリアが背もたれに身を埋める。瞳の色が虚ろに透きとおっていた。


「エリアさん?」

「これ以上は分からない――今のところは」

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