第3話 かぼちゃ

「今年の収穫は良かったようだよ」

 漆の箸で冬至かぼちゃを口に運んで、滋味を味わうように十五回噛み、飲み下してから父がのたまった。

「下里で採れたかぼちゃも、このように甘い」

「ほんとうに、よいお味ですこと」

 にこやかに母が頷いた。

 帝の病状が思わしくない、という噂が、都から離れた麦州ばくしゅう海南県かいなんけんにある父の住まうこの南戒宮なんかいぐうに聞こえてきたのが先月のことだった。

 父はそれを聞くと、ふつかのあいだ部屋に籠もりきり、三日目には妙にすっきりした顔をして、毎年の『年賀の儀式』のための参内さんだいを取りやめると宣言した。

 なので、今年の冬至はのんびりと我が家でかぼちゃをつついている。

 来年の『年賀の儀式』に読み上げるはずだった新作の下手な詩はもう出来ていたけれど、これはお蔵入りというやつだ。

 まあ、いにしえの詩聖の詩と違い、父を除けばあの詩が世に出なかったことを惜しむ人はいないだろう。

 そういえば今年はかぼちゃの花の美しさをうたいつつ、帝の治世の力強さと、つぎつぎに実りゆく豊穣を讃えた詩だった。

 私はといえば齢十九、相変わらずの浅才無学ではあったが、宮廷に巣喰う豺狼さいろうのことくらいはなんとなく分かってきている。

 北狄ほくてき西戎さいじゅう、草原の果ての騎馬の民が、ちかごろ我らの国土を侵しているという。

 しかし、帝に助言すべき要職の者たちの心は宮廷のなかだけにあって、戎狄じゅうてきの脅威への守りは州知事に丸投げされてしまっている。

 北と西の知事たちの苦労は計り知れない。

 ひとつひとつの小競り合いの規模は大きくなくても、武器も損耗すれば兵士も減る。

 討伐軍を、と助けを求めてもその場しのぎに武器や馬をすこしばかり送るだけで、充分な手を打ってくれぬ宮廷に困り果て、皇都の南……比較的平穏なこの麦州に援助を願う知事もいる。

 父は、自身の就いている麦州知事の権限の及ぶ限り、援助していると大夫たちが言っていた。

 また、帝の嫡子は皇女松柏こうじょ しょうはく。ほかに子はない。

 登極とうきょくに必要なのは天意ゆえに女であろうと天子になるのに差し支えはなかったが、男を望む声は根強くあった。男の天子なら後宮に娘を入れ、皇子をせば外戚として権勢を振るえる。しかし、女の天子なら帝婿ていせいとして息子をめあわせても、ほかに愛人がいれば孕むのは天子だから、誰のたねか分からぬかもしれない。これでは旨味がない……そう考える貴族は多い。

 もし松柏を廃して父を次の帝とすれば、その次は私……男が継ぐ。

 加えて、父は下手な詩をぎんじるしか能のない暢気者で、その息子の私も、この歳になっても禁軍の将にも宰相の地位にも興味のない……すなわち皇族として文武どちらもに口を挟もうとしない道楽息子だ。

 近ごろ特技に磨きがかかり、下僕の使う竹箒たけぼうきの柄を切って小鮎を彫り、庭の手水鉢に浮かべて父に怒られた。

 下僕の竹箒を盗むとはなにごとかと。

 そのあとで、小鮎の彫刻は「ずいぶん上手くなった」と褒めてもらったが。

 まあ、それはさておき、宮廷に巣喰う妖怪どもにすれば、これほど傀儡かいらいにしやすい親子もなかろう。

 家族水入らずで……実際は部屋の隅には楽を奏でる楽官やら配膳をする小姓やらが控えている食卓だが、彼らのことは数に入れていない……に小豆を煮潰して混ぜたのやら、健康に良いからと母が凝りだした柚の皮を絞って風味を付けた甘酒やらを賞味していると、パタパタと性急な足音がして、上郎じょうろうのひとりが血相を変えて部屋に飛び込んできた。

「殿、お食事のところ失礼と存じますが、帝からの使者にございます!」

 父は柔らかい笑みをくちに含んだまま、「おやおや」と溜息を吐いて見せた。

「面倒は御免だと、あれほど雄月ゆうげつには念を押しておいたというのに」

 近しい者しか呼んではならぬ帝のあざなを呟くと、父はにわかに笑みを消して「通しなさい」と上郎に命じた。

 

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