第18話 旬

 書額堂しょがくどうの裏手には、かなりひろい竹林がある。

 仕事で使う竹簡が、いくらひろいといえどこの竹林ですべてまかなえるわけではないが、自分のところである程度作っていると、急に納品が遅れたとき、たくさんの竹簡を早く準備しないといけないときに慌てなくてもいいので、やはり必要だった。

 冬、竹を切り、節の部分を取り除いて細く割り、一度茹でる。

 そして冬の乾いた大気、弱い陽射しで五日ほど乾かすと、材料のできあがりだ。

 あとは薄く割り、ささくれで手を傷つけないように丁寧にやすりをかければ使えるようになる。

 ところで、私は書額堂に勤めることになって初めて知ったのだが、竹林の手入れというのはなかなか面倒だ。

 たくさん竹が要るといって野放図に生えるに任せておくと、竹が密集して一本一本が細くなる。これは素材としてよくないし、加えてだんだん建物に迫ってきて、青峰殿の土台を侵す。

 それゆえ竹簡の材料として良い竹を生産し、隣接する青峰殿を守るため、竹を間引く。

 早春に行われる書額堂恒例行事である。


「上席、お願いいたします!」

 交代制で出勤する書額堂の書史たちが、今日、この日ばかりは全員出勤している。

 つまや子、親を連れてきている者もいる。もちろん、今日は上一席、汎砂はんさ公認。

 先日まで割った竹を乾かしていた白砂の庭にはむしろが広げられていた。

 私は汎砂とともに竹林に一歩踏み出した。

 踏む。

 踏む。

 ひたすら踏む。

「ここにある」

 汎砂が後ろについた書史に声を掛けた。

 書史は手に持ったすきで汎砂の足元を掘り始める。

 その結果を見届けることなく汎砂は先に進む。

「ここに」

 私もその感触を見つけて書史に声を掛けた。

 地祇ちぎえにしを結んだためなのか、我々は地面の下の変化には敏感だった。

 たとえば地震が起きるときは数日前にはその予兆を感じて準備できるし、河の堤を歩けば弱くなっている部分を感じることもある。いまやっているように地下茎を通じて伸び広がるたけのこが地面から顔を出す場所を察知することもできる。

「あった!」

 最初に掘り始めた書史が喜びに輝いた顔で手に筍を掲げていた。

 そんな光景も最初のうちで、次第に熱中し、流れ作業でみな、もくもくと掘っていく。

 そして筵に積まれた筍は、泥のついた一番表面の皮を剥いたあと炊事場に運び込まれ、かまどの灰に埋められる。

 大量の書巻を扱う書額堂の近くでは火気厳禁。

 火は使えないので青峰殿の東の官吏用の炊事場を使う。

 炊事場の下女たちも大歓迎だ。

 まだ地面から顔を出してもいない筍は柔らかく、掘り出して皮付きのまますぐさま火に入れて蒸し焼きにしたものはえぐみもなく、甘い。

 昔、食べたことがある。

 筍、蟠桃ばんとう、かぼちゃ、瓜、酸漿ほおずき……

 よく、父が里に連れ出してくれたとき、農民たちが振る舞ってくれたものだ。

 もう食べられないけれど……ときどき、食べたくなる……


 灰で蒸し焼きになり真っ黒な筍の皮に包丁を入れ、割ると湯気を立てて乳白色の筍が姿を現す。

 みな嬉々としてそれを口に運び、早春の喜びを噛みしめている。

 自宅からおこわを笹の葉に巻いたちまきを持ってきて、筍と一緒に家族で食べている者もいる。

 一応、酒類の持ち込みは禁止しているのだが、こっそり持ってきてちびちびる者も。

 みな、毎日忙しく働いているから、年に一回、こういう日があってもいい。

「汎砂はむかしからこんなことをしていたのですか?」

 竹林をくまなく踏み、竹を間引き終わったあと、私は問うてみた。

「もちろん」

 炊事場の下女たちも交えて、筍を食べながら笑っている書史たちを眺めながら汎砂が答える。

「古来、人が地祇と結んだのは、大地の豊穣を求めたからです。ですからこれが私の本来の役目なんですよ」

 そう続けた汎砂の口元に浮かぶのは、どこか寂しげな微笑み。

「なら、今年の小楢こならも期待できますね」

 おおきく育った小楢を見上げて、私は汎砂の寂しさを見なかったことにした。

 たくさんの小楢の実を拾い、茹でて潰して灰汁あくを抜き、団子にし、みなで月見をするのだ。

 そしてまた春が巡ってきて筍を掘って……

 今年も、来年も、そのまた次の年も。

 みなの平穏が続くように祈りながら。


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