第14話 裏腹
誤りに気づき、筆を止める。
――天子たるは宝祚ののち。
小刀をもって竹簡を薄く削る。
そのままでは墨が滲むので、削った表面を
この国の懸案は、いくつもある。
北と西より来たる
私が帝の御意に逆らい記した父に関する竹簡も、帝が閲覧されたかどうかは分からないという。帝の閲覧があるまでは公式の
帝の寝室の棚に積み上げられていたその竹簡は、あとで皇女松柏が『
『帝はたしかにこれを視た』、松柏の添え書きが間違いないとするなら、結局、
そのことが歴史にどう残るかなど問題ではなく、自身の死の間際で、ただ我が父に死を賜うことのみに執心し、充たされて去った。
――松柏の添え書きがもし、嘘だったとしたら?
この仮定は恐れ多いことだ。
皇女ならばこそ、父に
だが、皇女といえど天子の御意を歪めてはならない。
天子に竹書を見せず、見たことにして決裁したのだとしたら……?
――私を哀れんでくれたのかもしれない。
だが仮定を
私の父が
それ以上の答えは、必要ない。
私に、前の帝を恨む気持ちはない。
『この先おまえがなにを見て、なにを聴いたとしても、決して帝を恨まぬように』
父の言葉は、私の胸にいまも響いている。
――玉座は、ときに人を惑わすものだ。
前の帝は、その惑わしに呑まれてしまった。
そして、三年の喪に服したあと、ひとり娘の松柏が玉座に就いた。
三年ぶりに祝う新年に、皇都は華やいでいる。
私が彼女に会ったのは、十三年前にいちどきり。あとで書簡ももらったけれども、結局、再会はしていない。
いま、私は皇帝に仕える官吏の一人……
が、帝はこのような官の末席にある者が目通り
書額堂の上一席の地位に就く
私は
皇籍は失われておらず、官吏の身分とは別に、そちらの身分に
松柏は雄月の皇胤にして泉名元年、宝祚し給う。
書き直した竹簡をしばし見つめ、私は溜息を吐いた。
皇胤といえど、
人として
しかし天子が道を誤れば、
それすなわち国土と民を損なうということ。
「まこと、宝祚とはなんだろうな。まるで……」
呪いのようではないか、という言葉を、私は呑んだ。
彼女が玉座にあることを選んだ、天とはそも、なんなのだろう?
天はなぜ、みずから選んだ者が玉座に惑うのを看過するのだろう?
天は、人に
――
竹簡の文字が乾いたのを確認し、麻紐で束ね、巻いて仮置きの棚に置く。
――あなたと比べれば、ずいぶん、気楽なものだよ、私は。
今日の盛儀、皇帝のあかしたる鳳凰の冠を揺らして歩む彼女の姿。
これからの彼女の治世の安泰を、非力の身ながら祈る。
『来年、
ふと、むかしむかし、彼女にもらった書簡の結びの言葉がまなうらをよぎった。
――一緒に観ることは叶いませんが、拝見しております。
窓の外、いまだ冬の寒さを残す風が、
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます